辻本好子のうちでのこづち

No.178

(会報誌 2010年1月15日号 No.233 掲載)

プロとは“慣れない”こと

 2010年の年明け、皆さまはどのような新年をお迎えになられましたでしょうか? 本誌がお手元に届く頃には松の内気分も薄れ、日常を取り戻されていることと存じます。遅ればせながらではございますが、本年もどうかよろしくお願い致します。

初々しさの秘訣とは?

 さて、昨年末のある朝のこと。加齢とともに早朝に目が覚めることが多くなり、その日はホテルだったこともあって所在なく、テレビのスイッチを入れました。賑やかな民放のBGMが耳障りで、早々にチャンネルを切り替えようとしたそのときです。画面いっぱいに吉永小百合さんが映ったのです。私と同世代の男性の多くに熱烈なサユリストがいますが、そこまでではないとしても私にとっても長年の憧れの女性の一人。興味をそそられて見入っていたら、思いがけない言葉にめぐり合ったのです。
 『おとうと』という映画が完成したとかで、舞台挨拶の場面。吉永小百合さんと共演者の落語家の鶴瓶さんが映っていました。和服姿の吉永小百合さんが「初めて映画に出演してから今年で50年になりました」と感謝の言葉を楚々と語り始めました。そのときです、いきなり鶴瓶さんが「50年でっせ、50年。すごいでしょ!」と突っ込み、話をつないで「それなのに……」と軽妙な口ぶりで次のようなエピソードを語り始めたのです。
 「このあいだネ、ぼく、楽屋で吉永さんに聞いたんですよ。なんてそんなに初々しいんですか、って。そしたら、なんて言わはったと思います?」と会場の人をうまく巻き込んだうえで、一瞬の間をおいて「……慣れないものですから……って言わはったんですよ、50年でっせ、50年。すごいでしょ!!」。その間、吉永小百合さんは恥ずかしそうにうつむき、ニコニコと笑う姿が映し出されていました。

ベテランアナウンサーも同じことを

 1997年、その年の8月に開催したCOMLフォーラムのゲストにお迎えしたのは、ホスピス運動の草分け的存在でもあった聖ヨハネ会桜町病院ホスピス科部長(当時)たった山崎章郎さんと、NHKのベテランアナウンサー・山根基世さんのお二人。
 まずはお二人からお話をいただいたあと、「プロフェッショナルの仕事とはなにか? についてご自由に……」と対談をお願いしました。お二人は初対面で、まったく専門分野が違うのに話は見事に流れました。山崎ドクターが静かに語るホスピス医療の真髄、山根アナウンサーからは人と向き合って話を聴くという極めつきのインタビュー極意など、時の経つのが惜しいほどの対談の中身でした。参加者からは「じつに多くのことを学ばせてもらえた」と大好評を博した、忘れられない記念すべきフォーラムでした。
 COMLを立ちあげる以前からお世話になっていた山崎章郎さんにフォーラムにご登壇願うのは二度目でした。しかし、なぜCOMLのフォーラムに医療の世界とは程遠い存在であるアナウンサーの山根基世さんをゲストにお願いすることにしたか。それはまさしく、この日の朝、たまたまテレビで聞いた吉永小百合さんのエピソードと同様の感動がきっかけだったのです。
 何の機会だったか……いまとなっては記憶も定かではないのですが、山根基世さんが「プロとはなにか?」について、

 『慣れてはいけない。ただ、慣れてはいけない。……慣れることも、たしかに大事なことではあるけれど……初めての気持ちをいつまでも持ち続けることのできる人、それがプロ。私はそう自分に言い聞かせながら30年近く(当時)アナウンサーやインタビュアーの仕事を続けてきた』

 という厳しく、そして、まさにプロとして気迫のこもった言葉が私の脳裏に刻み込まれていたことからフォーラムゲストをお願いしました。その後、山根さんはNHKで女性初のアナウンス室長を勤め、エグゼクティブアナウンサーの称号を獲得、定年を迎えて現役を引退した現在も朗読の普及など語ることをテーマに奔走、いまも時々NHKの番組に登場しておられます。

医療者に伝わらないはがゆさ

 たまたま早朝に観たテレビの、数分間の芸能ニュースで感じた久々の感動、その後、某市民病院の院内研修や看護大学の学生さんの講演のなかで、吉永小百合さんと山根基世さんのエピソードを重ねて紹介しました。ところが、残念ながら期待するほどの反応は返ってこず少々落ち込んでいます。反応することに罪悪感でも抱いているかのような最近の学生さんに反応してくれというのは無理な注文かもしれません。しかし、現役の、ベテランの領域に達したような(もうすぐ定年といった)ナースから、「だから……それがどうしたの?」と言わんばかりの無表情を見せつけられると、ガッカリするばかりか、懸命に語ろうという気持ちまでそがれてしまうのです。
 いやいや、決して他人事ではありません。
 COML20年、私にとっては思いがけないほど膨大な時が流れ、与えられる役割を務めることがすっかり日常になってしまっている昨今。人に要求するだけでなく自らに、毎日の仕事が『慣れてはいけない、ただ慣れてはいけない!』と言い聞かせ、初心を大切に努めたいと思います。まずは自分に恥ずかしくない仕事……今年も愚直に一日一日を大切に積み重ねて参ります。
 どうぞ、よろしくご支援くださいませ。