辻本好子のうちでのこづち

No.180

(会報誌 2010年3月15日号 No.235 掲載)

20年の“変化”に改めて想いを馳せ

 バンクーバー冬季オリンピックが幕を閉じ、これで少しは寝不足も解消されるでしょう!
 それにしても女子フィギュアのキム・ヨナと浅田真央の史上まれに見る大奮闘は、多くの感動と勇気を与えてくれました。そして、二人が揃って1990年9月生まれ(満19歳)と知り、COMLの誕生月と同じことにビックリ。二人の血のにじむような努力を知れば知るほど、改めて20年という歳月の重みと深みが心に響きます。

はたして20年後の医療現場は?

 先日、医学部4年生の講義のあとに提出されたリポートの一文にハッとさせられました。
 「患者と医療者の関係が20年前とは全然違うということを考えると、20年後はさらに変わり、どのように変化していくんでしょうか?」
 4年生で義務化されている共用試験の筆記と実技試験に合格して、いよいよ臨床実習に臨む彼ら。2年後の国家試験を経れば、晴れて研修医として患者と向き合うことにもなる医者の卵。講義ではCOMLに届く電話相談を報告し、20年間の患者の意識の変化、さらにはどう向き合ってほしいかという患者の願いを伝えます。耳を傾けながら20年後の自分の置かれた状況を想像し、不安になった学生のつぶやきでしょう。
 学生のリポートを読みながら同時に思い出したのは、以前、研修医らと議論したときに聞いた、思いがけない現場の苦渋ともいえる本音です。
 「……最近、救急を担当していると、患者さんや家族に暴言を吐く同僚(研修医)の言葉や態度が気になって仕方がない……」
 こうした医療側の本音を聴くにつけ、また、20年前の患者と医療者の上下関係、電話相談に届く患者の意識の変化と現状、そして、そして、さらに20年後の診察室の風景へと想いを馳せるにつけ、私の目の前に浮かぶのは、右へ左へと揺れている大きな振り子です。

研修医の愚痴に抱く杞憂は?

 じつは最近、研修医の愚痴をよく耳にするのですが、緊張が続き、とりあえず慣れきっても疲れきってもいない彼ら。まだまだ純で素朴、医療に対する理想も維持している彼らだからこその真摯な想いから発せられる先のような本音。愚痴や悩みは胸にためず吐き出したほうがいいと、電話相談さながら医療者の胸の内にも耳を傾け、若い彼らを守り支えたい母のような気持ちにもなりながら、<あなたに期待している>と励ます役割を務めることも少なくありません。
 仲間として、目を背けたくなるような患者への失礼な対応、その裏側にいったい何が潜んでいるのか。一人ひとりの胸を叩いて質すことはできません。もちろん世のなかには思いもかけない考え方や目を背けたくなるような言動をする人はどこにも存在します。ドクターといえども例外はなく、ご幼少のみぎりに“王子さま”“お姫さま”で育った家庭のしつけが影響する、そもそものパーソナルという根本的な問題が原因かもしれません。
 あるいは、マスヒステリ一現象を引き起こした医療崩壊と救急医療の危機問題が遠因ということも考えられるのではないでしょうか。とくに救急、産科、小児科の医師不足問題は政府まで揺るがし、今春の診療報酬改定においては手厚い措置がなされました。診療報酬アップは、もちろん患者の負担増につながります。しかし、先行き不透明な危機的医療に小さな光明が見出せるなら……と、患者・国民も希望をつないでいるところです。ただ、そこに、思いがけない“現場”の誤解と勘違いが潜んでいるのではないか、というのが私の杞憂です。
 どこの地方自治体も、いまも大騒ぎしている救急医療の崩壊や医師不足問題。多くの専門医が大学に呼び戻され、あるいは逃げ出し、誰も近寄ろうともしない厳しい医療現場に「僕(私)は“あえて”参画している」という崇高な誇りと自負か、研修医の心の片隅に妙な勘違いを引き起こしていなければいいが……という杞憂です。
 たとえば夜間に救急外来を受診した患者に「熱が出ただけで来たんですか?」と無邪気に言い放つ研修医。その言葉に傷つき、憤りを感じて立ちつくす患者や家族。さらには、そのやり取りをハラハラしながら眺めつつも、同僚批判はタブーと決めつけている仲間たち……。こんな場面を想像して不安になることが、単なる私の考え過ぎであればいいのですが。

同じ失敗を繰り返さないために

 もちろん振り子の現象は患者側にも起きています。マスコミに踊らされた一時の漠然とした医療不信の高まりは、最近はやや下火。しかし、ピーク時に届いた一部の電話相談のなかに、まちがいなく患者も勘違いしている人の声がありました。そういう声ほど大きく、ときには医療側を疲弊させてきたのも事実です。しかし、そうした勘違いは世の常、いわばお互いさまかもしれません。いまも届く電話相談の、とくに次世代の一部の相談には、権威やデータに依拠するある種の依存、つまり「新たなお任せ」の姿勢を垣間見ることがままあります。ただし振り子の現象といっても、決して20年前に逆戻りはしません。
 何やら勘違いした患者と医療者が向き合い、「新たなパターナリズム」と「新たなお任せ」がやりとりをするなかで、些細なことでボタンの掛け違いが起き、コミュニケーションもままならぬなかで感情の乾燥を生み、トラブルに発展する……という過去の失敗だけは、絶対に繰り返してはなりません。そのためのCOMLの役割とは……。
 キム・ヨナや真央ちゃん、そして、学生のリポートと研修医の苦悩など、最近、胸をよぎったあれこれから改めて考えさせられている課題です。