辻本好子のうちでのこづち

No.017

(会報誌 1996年5月15日号 No.69 掲載)

進み始めた情報公開とカルテ開示問題
患者にはマイナス情報も引き受ける覚悟が必要

 “依らしむべし知らしむべからず”のパターナリズム(父権的温情主義)は、なにも患者・医者関係に限った問題ではありません。薬害エイズの問題でもすべての資料が出たとされるいまも真相が何で、誰に責任があるのかさえハッキリしていません。そんななか、ようやく国の情報公開制度が動き始め、制定に向けての要綱案が発表されました。

個人情報としてカルテ開示の請求

 国に先がけ地方自治体では、昨年秋の官々接待問題あたりから情報公開制度に大きな風穴が開きました。世論の高まりのなかでわずかながら、医療診療録(カルテ)の開示にも影響が及んできています。個人情報保護条例(誰でも自分の情報開示を求めることができるとし、全国19の政令指定都市で施行)に基づくカルテの開示請求が、これまで全国で21件提出され、そのうち6自治体12件が開示されています。
 国の「要綱案」が発表された4月24日。大阪市立の医療機関で、ぜんそく治療を受けた男性のカルテが開示されました。一昨年から昨年にかけて数回受診し、今年2月27日に開示請求の手続をして市側がほぼ2カ月をかけてこれを検討。カルテ開示の請求が「初めて」だったこともあって本来は請求から決定までは2週間のところ、ずいぶんと調整に手間取ったようです。なぜだか市民の立場になりきれないお役人と7つの市立医療機関の上層幹部連が汲々とパターナリズムそのままに協議している様子が目に浮かびます。

“どのように進めるか”の議論が大切

 開示前々日。いちはやく情報を嗅ぎつけたA新聞の記者から電話でコメントを求められ、COMLとして市側に確認をしたところ「原則開示の方向で時間をかけてシステムを考えていく。内容によっては開示できない場合もあるが、今回は患者本人にカルテを見せて問題のないケースと判断。主治医が本人にカルテを見せながら説明を行う」と型通りの行政マンの回答が得られました。
 記者氏は当然のように、COMLの賛意を期待してきましたが、私は総論賛成各論反対の立場。「この問題はせっかちに白黒をつけようとしないで“どのように進めるか?”を議論することが最も重要な課題。カルテの現状はまるでドクターの日記のようであり、患者の要求も複雑で一筋縄で行かぬ以上、ことを急ぐのはキケン」という日頃の思いを語って、コメントは控えさせてほしいと断りました。ほんの一言のつもりが30分以上のやりとりになった記者氏は、さいごに「ナルホド、なかなか難しい問題ですね」。
 確かに何の迷いもなく「カルテ公開にとこぶしを振りあげて主張することができたら、どんなにかスッキリするでしょう。ところが今回の開示問題にも「本人に見せて問題ない」と判断した、相も変わらぬパターナルな行政の姿勢が厳然と権力をふるっています。それにもまして、請求して開示されたカルテのなかに思いもよらないようなマイナス情報が書かれていても、そんなリスクをすべて引き受けるだけの覚悟が患者側に十分用意されているとはどうしても思えないのです。
 翌朝のA紙の記事は『患者が請求のカルテを開示』の小見出しで扱いも小さく、識者のコメントは載っていませんでした。一方、M紙は『カルテを全面開示』と大きな見出しにつづき「個人情報保護条例-あす、請求の患者に」の三段抜き。いかにも請求すれば誰でもすぐにカルテが入手できる、そんな誤解すら招きかねない内容でした。