辻本好子のうちでのこづち
No.157
(会報誌 2008年4月15日号 No.212 掲載)
何より必要なのは患者の意識改革です!!
ようやく時代が変わってきた!
医療崩壊や医師不足問題がマスコミを賑わし患者・国民の不安をかきたてる今日この頃。医療現場の不祥事を暴いて患者の怒りを増幅させた報道から一変、マスコミの姿勢が変わるだけで電話相談の数まで激減しています。改めてマスコミの影響の大きさに驚かされるなか、兵庫県丹波市のお母さんたちが「柏原病院小児科を守る会」を発足させたというニュースは、胸がホッと温まる話題でした。
1990年にCOMLをスタートさせたときからずっと、地域の医療を地域の人々が支えるために、まずは「賢い患者になりましょう!」と呼びかけ、微力ながら患者と医療者が『協働』する医療の大切さを訴え続けてきました。が、しかし、18年前は、思いもかけないほど強く厳しい反発が数々の医療提供側から届きました。それ以上に哀しかったのは、当時「受け身・お任せ」が当たり前だった患者側にCOMLの声は一面に届く気配もなかったことです。改めて考えてみると、やっぱり少し時代が早すぎたのかもしれません。だからこそ、先のニュースを知ったとき、私は<ああ、ようやく、そういう時代になったんだ……>と胸が熱くなり、涙まで溢れ、たまらなく嬉しくなりました。
2008年の年明けから、厚生労働大臣と副大臣と政務官、そして医療者2人に患者の立場の私が加わった3人とで『安心と希望の医療確保ビジョン』を語り合う会議がスタートしています。第1回目はわずか1時間の予定で、いわば顔合わせの挨拶。限られた時間のなかで、「これから私たち患者・国民は権利を主張するだけでなく、責務を引き受ける覚悟が求められている。医療の限界と不確実性を受け止めたうえでなお、成熟した判断能力と自立する覚悟を身につける意識改革が必要」と発言しました。すると即座に「辻本さんは患者の権利を主張するものとばかり思っていた」と副大臣から驚きの感想。もちろん患者にとって「安全」で「安心・納得」できる医療の実現は、なにより喫緊の課題です。しかし国が何とかしてくれるだろうという期待だけではどうにもならないほど厳しいのが医療現場の現状です。柏原のお母さんたちのように自らの受診行動を見直し、変えていく努力が必要という強い想いが、緊張の極みの場においてもなお強く私を支えてくれました。
地域の医療を守ったのは母親たち
残念ながら、柏原のお母さんたちにお会いしたことはありません。私の胸を熱くしてくれたニュースの主人公たちは、おそらくCOMLの存在などまったく知らない方々でしょう。幼い子をもつ地域の若いお母さんたちが、県立病院の小児科医が次々と辞めていくことを知って不安になり、まずは行政に働きかける署名活動からスタート。しかし、5万5千人の署名が集まっても医師不足と逼迫する県財政下では何も動かないことを実感。そうするうちに行政や病院に要求ばかりしていても何も変わらないことに気づき、地域の医療を守るために自分たちができることの模索を始めた、まさに時代が動き始めたそのものを感じました。
両親共働きのご時勢。子どもが熱を出しても診察時間内に受診させることもままならず、無意識無自覚、悪気もないまま気軽に夜間救急に連れて行く。なかには「早く診てくれ!」と暴れだす親まで出現。また、さほど重症でもないのに親の安心のために大きな病院を受診する、いわゆる「コンビニ医療」。そんなワガママ勝手ともいえる幼い子をもつ親世代と同様に、かつては聖職といわれた医療者の意識も時代とともに変化到来。いつの間にか「そんなのやってられないよ!」と、わが身可愛さの本音や弱音を医療者の権利とばかりに吐き出すようになってきました。そのうえ古参ナースよりも安い給料に甘んじる公立病院の若手ドクターが逃げ出し始め、これを「立ち去り型サボタージュ」と名づけた先輩ドクターも現れました。医療現場はまさに傲慢と卑屈のねじれ現象、混迷の泥沼と化しています。
柏原のお母さんたちが取り組んだのは、「コンビニ受診」の自らの行動を戒めるチラシの配布。また、子どもがどんな状態・病状のときにどこをどのように受診したらいいかをわかりやすく分類した症状別受診チャートをホームページに立ちあげるなど、じつに時代を反映した次世代の見事な行動力。そうしたお母さんたちのパワーに感動した県立病院の小児科医が留まることを決意。病院のホームページには、院長と小児科医連名で会への感謝の言葉が述べられています。神戸大学からは2人のドクターの派遣が決まったそうです。
かねてより私は、地域の医療は地域の人々が育み、守るものだと思ってきました。たとえばCOMLが病院探検隊に出動するたびに、いつかはこの地域の人たちに立ちあがって欲しいと願い、患者塾を開催するたびに、それぞれの地域で医療の特色を生かして開催して欲しいと願ってきました。しかし、想いが高まり「この指止まれ!」と指を差し出すことがいかに勇気のいることか、一人二人と想いが集まっても継続することがいかに困難なことか、それ以上に想いを継続させることがどれほど困難であるか。及ばずながら身を持って体験してきたからこそ願うのは、柏原の地に先輩お母さんたちの想いを引き継ぐ次世代のお母さんたちが集まってくれることです。
患者側の意識の変化の「小さな兆し」を知った喜びの一方で、いまこそCOMLの真価が問われると改めて気を引き締めています。