辻本好子のうちでのこづち

No.156

(会報誌 2008年3月15日号 No.211 掲載)

私と乳がん(70)(最終回)

改めて「賢い患者になりましょう!」

 COML会員で本欄に目を通してくださっている方々にお会いすると、「いつまで続くの?」「結構、しつこく頑張ってるネ(笑)」というお声を頂戴し、続いて「いやぁ、元気そうで安心したヨ!」。やがて6年前にもなる乳がん手術前後から今日までの気持ちをつづることで癒され、多くの方々の励ましや支援をいただいてまいりました。明るく前向きな気持ちで仕事に精進してこられたのも、ほんとうに皆様のおかげです。ありがとうございました。今回、乳がん体験記の一応の区切りをつけるに当たり、改めて心からの感謝を申しあげます。

常に「賢い患者」を呼びかけて

 乳がん患者になる10年ほど前、COMLを立ち上げた1990年から、医療を求める側の人々に「賢い患者になりましょう!」と飽きもせず語り続けてきました。が、しかし、いざ自分ががん患者になって思い知ったのは、賢い患者になることは言うほど簡単ではないということでした。大いなる存在が「これからもCOMLの活動に励め!」と、身をもって学ぶためにプレゼントしてくれたがん体験だといまも思っています。
 COMLが提唱してきた『賢い患者』の5つの定義は、「自覚」「意識化」「言語化」「コミュニケーション能力」「一人で悩まない(相談する人を探しましょう!)」です。病にとらわれることなく、しかし自分の持ち物であることを忘れず、自らできる努力を続ける患者としての自覚。また、自分はどんな医療を受けたいのかを自分自身の問題として考える意識化。そして、その気持ちを言葉に置き換えて医療者に伝える言語化。さらには医療者と協働するためにどう向き合うかというコミュニケーション能力。18年前、これからの私たち患者には、きっとそうした厳しさが求められる時代になると確信してCOMLを立ちあげました。そして18年間、42,000人余のお声を聴きながら一緒に考えるお手伝いをしてきたのがCOMLの活動の柱である電話相談です。

口で言うほど簡単ではない…

 私自身も『賢い患者』でありたいと望んで医療と向き合ってはきましたが、たとえば確定診断を説明してくれた最初のドクターにセカンドオピニオンの希望を伝えるひと言を言うことさえ、6年前はかなりの勇気が必要でした。その後、持てる情報を頼りに求めて出会った二人目のドクターが語る医療姿勢に<この人となら二人三脚でやっていける!>と確信したそのあとでなお、複数の選択肢を並べられて自己決定を迫られたときには大いに悩み迷いもしました。ときには冷たく突き放されているような気分に陥って、恨むような気持ちを主治医に抱いたことさえありました。さらに言えば術後の約3年間、言いようのない再発転移の不安に駆られ、悶々と眠れない夜を過ごしたこともありました。そうしたときどきの患者の気持ちをこの先COMLの仕事をさせていただく間、私は絶対に忘れてはいけないと心に誓っています。
 病気というレッテルが貼られ、医療と向き合おうと決めた瞬間から、患者にはあらゆる場面でさまざまな自己決定が迫られます。いまや患者の自己決定は、患者の権利であり義務にもなりました。私が患者体験で学んだことの一つは『納得』することの大切さです。説明を受けることで、医療に完璧はない、100点満点はないと気持ちのなかで折り合いがつけば、割り切ることができました。そうして私は自分の気持ちを半歩、一歩と前に押し出すことができたのです。そして、もう一つ大切なものは『一緒に考えてくれる人』の存在です。ときには主治医であり、ナースであり、そしてなにより身近な家族や信頼できる友人です。私の場合、もちろん二人の息子に支えられる喜びといまでは孫の存在も、そして16年間COMLの活動を二人三脚で担ってきたパートナーである山口育子という大きな存在でした。
 忘れもしません。術前のインフォームド・コンセントで山口に同席してもらったときの安心感がどれほどのものであったか。どんなにわかりやすい説明であったとしても、ときには最新かつ高度な医療技術の説明にドクターは無意識無自覚に専門用語を駆使します。患者として精一杯平静を装ってはいても、内心は不安と混乱に陥っていることもあります。そんなとき、一緒に説明を聞いてくれる人がいると思うだけで安心し、自分を見失わずにすんだことをいまも忘れることができません。もちろん同席だけでなく、日ごろの悩みや不安を受け止め、患者として前向きに病に立ち向かっている姿を見てくれている人がいると思えるだけで、どんなに支えられたことか。この6年間、ことあるごとに心のなかで<ありがとう>と感謝の言葉をつぶやいていました。

古くて新しい患者の秘伝

 最後になります。やはりここで『賢い患者になりましょう』の秘伝でもある『新 医者にかかる10箇条』を紹介させていただきたいと思います。
 思えばこの小冊子が誕生してはや10年、いまだ内容が古くならないことが残念でなりません。
 医療崩壊、医療危機が叫ばれる昨今。患者体験を通して思うことは、やはり患者の意識と行動が日本の医療を変える大きな原動力だということ。一人でも多くの方々に『賢い患者になりましょう!』と呼びかけることを使命に、これからも精—杯励んでまいります。どうか厳しく、そして温かく見守ってください。ほんとうにありがとうございました。

『新 医者にかかる10箇条』

あなたが“いのちの主人公・からだの責任者”

①伝えたいことはメモして準備
②対話の始まりはあいさつから
③よりよい関係づくりはあなたにも責任が
④自覚症状と病歴はあなたが伝える大切な情報
⑤これからの見通しを聞きましょう
⑥その後の変化も伝える努力を
⑦大事なことはメモをとって確認
⑧納得できないときは何度でも質問を
⑨医療にも不確実なことや限界がある
⑩治療方法を決めるのはあなたです