辻本好子のうちでのこづち
No.163
(会報誌 2008年10月15日号 No.218 掲載)
煽 られずに考えたい救急医療問題
先行き不透明な政局、混乱を極める市場経済、おちおち安心して食事もできない日常、さらには幼いいのちが無造作なまでに葬り去られる昨今。安全も保障されず安心もできない日々、不安と折り合いながら少しでも納得するために私たちにどんな行動変容が求められているのでしょうか?
救急医療問題が昨今の流行?
最近、メディアが頻繁に取りあげて市民の危機感を煽っているのが救急医療問題。約8年前、ヒステリックなまでの医療事故報道に煽られた、漠然とした医療不信感がCOMLの電話相談に殺到。報道との関係で言えば、医療事故報道数と相談数のグラフが見事なまでの相関を描いてピークに達したことで実証済みです。メディアが騒ぐと不思議なほど人心が揺れ動き、いかに大きな影響を受けるかは世の常のよう。1998年、イギリスで自殺者数がピークとなり、国がマスコミ規制をかけたところ翌年には25%減の成果を挙げたというエピソードも聞きます。
もちろん情報を知ることで人は学び、意識も変わるのですから、一概にメディアがマイナス効果ばかり生んでいるとはいえません。トレンディドラマにまでドクターヘリが登場して若いドクターの苦悩が描かれたり、コンビニ受診を戒めるような報道を各局が競い合ったりすることで、救急医療危機報道は確実に効を奏し、コンビニ受診の抑制につながっています。どこの地方自治体でも数年前に比べると、確実に救急車出動数が減少しているようです。加えて、各自治体も予算を獲得して、本腰を入れて救急問題解決に取り組む試みが始まっています。
受診行動の本来の支援とは
たとえば大阪府内でも、前号でご報告した豊能広域こども急病センターの取り組みをはじめ、府行政として次年度にまたがる予算確保のうえで府内全体の救急医療体制の見直しや府民への協力を呼びかける大々的なキャンペーンの計画を発表したばかりです。今年5月、先駆けとしてコンビニ受診抑制策について府政モニター450人へのアンケート調査を実施。その結果、救急外来受診時の診療代への上乗せ料金について、保険外の自己負担金1,000〜3,000円(24%)や3,000〜5,000円(26%)という別料金の「徴収OK」(むしろ“すべし”の意向か?)が、他の額も合わせるとじつに70%を超えています。救急医療が限りのある社会資源であることをアピールしたのち、救急車出動要請数や休日・夜間急病センター受診の患者数までもが減少したという一定の効果をあげています。こうした実態を見れば、いかに潜在意識に働きかけることが大切かを痛感させられます。
ただ、もちろん無駄な医療は削減しなければなりませんが、素人判断で本来必要な受診までも抑制されてしまうことは一方の不安として残ります。そこで活用されるのが「#8000」の小児救急電話相談。いまでは44都道府県に広がった取り組みですが、大阪府では全国初の試みとして大阪府看護協会の全面支援で午後8時から翌日の午前8時まで12時間体制の対応で全国的にも突出した成果を挙げています。一人で悩まず、誰かに相談できる……という取り組みこそ、府民・市民の受診行動を支援する意味において大いに評価すべきではないでしょうか。
若い親の参加を促す見事な“仕掛け”
つぎに、私自身が「これはユニーク!」と感心させられた取り組み、山口県下関市の救急医療に関するシンポジウムをご紹介しましょう。市の保健所と医師会の共催で日曜日の午後、市の中心部にあるホールで市民向け公開講座としておこなわれました。私は基調講演の演者として招かれ「賢い患者になりましょう!」をテーマに、市民の方々にCOMLに届く電話相談や『医者にかかる10箇条』のお話をできるだけわかりやすく語ろうと準備万端で伺わせていただきました。
当日、会場で「???」と目を見張ったのは、オープニングに○○幼稚園園児の鼓笛隊演奏、そして、エンディングには□□保育園園児の合唱と書かれたプログラム。そして、さらに目を見張ったのは会場を埋めた多くの参加者、老若男女入り混じるなかでとくに目立ったのが場違いとも思えるような若いお父さんお母さんのカップルのにこやかな表情。それぞれの膝元にはカメラや小型ムービーがあって、子どもの発表の瞬間を逃してなるものかと構えたピクニックにでも来ているような光景。
会場に響く開始のベルのあと恒例の主催挨拶や来賓祝辞が続き、つづいて登場したのはなんとも可愛らしい幼稚園児の鼓笛隊。会場内にいるはずの両親を懸命に探す横向きの眼差しで体だけが前を向き、前を歩く園児の背中にぶつかりながらの危なっかしい足取り、見ているこちらまでハラハラドキドキ。先生の号令で長い時間かかってようやく舞台に並んだものの、親の構えるカメラに向かって全員がピースのポーズ!
よくぞここまで……と指導した先生に同情したくなるような気持ち、涙ぐましいまでの努力の演奏が終わってようやく私の出番となったものの、すでに予定の時間を大幅に超過(笑)。
短縮せざるを得ない私の話のあとは、地域中核4病院から小児科医や救急医がシンポジストとして登場し、多忙を極める日常の医療現場の様子や苦悩、さらには医療従事者としての喜びなどが語られました。会場との質疑応答を終え、今度は別の保育園児たちが懐かしい童謡を大合唱。このときも会場の親が立ちあがって、わが子の晴れ姿をカメラに収めようとフラッシュ攻勢。いやはや、なんとも不思議な医療講演会でしたが、子育て真最中の若い父親や母親に参加してもらうための、巧妙かつ見事な“仕掛け”に脱帽でした。
願わくは、会場の廊下の一角にでも「託児所」を設け、中・高生などのボランティアを募った託児サービスでもあれば、若い親たちがずっと落ち着いてシンポジストの話に耳を傾けることもできたろうに……。それだけが少し残念に思いました。