辻本好子のうちでのこづち

No.151

(会報誌 2007年10月15日号 No.206 掲載)

私と乳がん(65)

ようやくわかった“こわばり”の原因
症状はあっても「異常なし」

 2005年5月16日。
 目覚めたときの左指のこわばりの“犯人探し”で内科受診をして受けた血液検査。結果は「抗がん剤治療のダメージで白血球数はかなり低いものの、あとは健康な人以上に健康」ということで、案じたリウマチの毛もないばかりか、結局のところ何の異常も見つかりませんでした。
 しかし、そうは言っても毎朝指のこわばりで目覚めることは、誰が何と言おうと私にとっては紛れもない事実。血液検査の結果で何の異常も見つからないとなれば、やはりがんの再発か転移につながる症状なのかしら……と元の不安が再び首をもたげました。受診さえすれば、きっと何らかの原因が見つかるに違いないと期待を膨らませていただけに、本来は喜ぶべきはずの「異常なし」の結果を受けて、一気にシューッと音を立てて空気が抜けてしぼむ風船のよう。ガッカリすると同時に新たな不安に打ちひしがれてしまいました。

犯人はホルモン剤

 気を取り直して、とりあえずはリウマチではなかったというささやかな朗報を届けたくて会計待ちの間に事務所に連絡を入れました。すると、山口が「ひょっとするとホルモン剤の副作用かもしれませんよ。たった今、相談スタッフが同じような症状に悩んでいるというピアニストの方からの相談を受けられたばかり。横で聞いていて、症状があまりに良く似ているので、ひょっとして……と確かめてみたら、やっぱり乳がんの手術後にアリミデックスを服用している人だったんです」と電話の向こうから妙に高ぶっている様子が伝わってきました。
 大急ぎで事務所に戻ってさらに詳しい話を聞く一方で、早速、私も服用しているアリミデックスの添付文書を確認してみました。効能・効果には閉経後乳がんとあり、重度の肝・腎障害患者には慎重投与、そして、副作用の項には次の情報が記載されていました。国内外の臨床試験では35.9%に副作用が認められ、ほてり、吐気、脱毛などが主なものとして列挙されています。重大な副作用の項には0.1%未満として皮膚粘膜眼症候群、アナフィラキシー様症状、血管浮腫とあり、どこにもこわばりについての記載はありません。ところが、その他の副作用の表に1%未満の出現頻度として関節痛、硬直があり、思わず「これだっ!!」。ようやく探していた“犯人”を見つけたような、小さな興奮を覚えました。

“クスリはリスク”の現実に直面

 2005年5月31日。
 予約した外科外来の受診日、早速、主治医に事の顛末を報告したのですが反応はいまいち。主治医はあれこれと手元の専門的データを睨みながら、「耐えられないほどの痛みでなければ(1%未満の頻度なら)心配ないから、もうしばらくこのまま続けよう」という意見。でも……たとえ1%未満の出現率とはいえ、私にしてみれば100%をこの身で引き受けている副作用です。しかし、クスリはリスクという言葉があるように、毎日服用していれば多少の副作用は覚悟しなければならないことはホルモン治療を始める段階でそれなりに納得していたはず。
 逆に言えば、手術で取りきれず残っているかもしれない、さらに放射線治療をしてもしぶとく生き延びているかもしれない、私の体のどこかに潜んでいる見えないがん細胞を“成長”させないためには、多少の副作用を引き受けてでも、やはりこのままホルモン剤を服用することが必要だという現実。そのことを改めて突きつけられた思いでした。

無表情な薬剤師に感情が動かず

 すぐにも中止したいと思うほどのこわばりでもなければ痛みでもありません。主治医の説明と意見にとりあえずは妥協しつつ、結局「いつものように……」と出された90日分の処方箋を受け取って、会計を済ませてから病院横の調剤薬局を訪ねました。処方箋を手渡して待合で10分ほど待っていると名前を呼ばれ、小さなついたてで仕切られたカウンターに座って薬剤師と向き合いました。薬局の壁にはプライバシーを尊重する云々という一文が掲げてあるのに、すぐ隣の席のやりとりが丸聞こえです。
 目の前で処方箋の内容と手渡すクスリを照合した薬剤師さんから「とくにお変わりはありませんか?」と問われ、こわばりのことを伝えるべきかどうか一瞬迷いました。なにしろすぐ隣に人がいて、聞く人が聞けば、薬の名前だけで乳がん患者だということがわかってしまうでしょう。ただ私には乳がんであることを隠す気持ちがないばかりか、講演などで早くからカミングアウトして体験を語り、聴いてもらうことで逆に大きなエネルギーを与えてもらっている人間です。隣の人に聞こえることに躊躇する気持ちがあったわけではありません。
 ただ、薬剤師さんには申し訳ないとは思いつつ、正直に言えば、まるでお芝居のせりふのような無表情で仕方なくマニュアルに則った問いを語りかける目の前の薬剤師に対して私の感情は動かず、<聞いてもしょうがないだろうなあ〜>という気持ち。しかし、ひょっとするとほかの乳がん患者から同じような副作用の話が出ているかもしれないと考え直して、「じつは……」と1%未満の副作用出現率のこわばりに少しばかり悩んでいることを伝えました。そして、処方箋を持参するに至った主治医とのやりとりについてもかいつまんで報告すると「そうですか、先生がそうおっしゃるんでしたら……。それでしばらく続けられることになったんですネ」と気のない返事。形ばかりの共感はあっても、それ以上踏み込んだやりとりにならないばかりか、調べてみようといったクスリのプロとしての姿勢のかけらも見せてはくれませんでした。