辻本好子のうちでのこづち

No.033

(会報誌 1997年9月15日号 No.85 掲載)

8年目からのステップアップのために 〜1〜

 お陰さまでこの秋、COMLは8年目へと歩みを進めました。ここ数年、医療の周辺状況がめまぐるしく変化するなかで、COMLに届く患者や家族のなまの声を社会化する多少の役割を果たさせていただけるようになってきました。電話相談、患者塾、SP(模擬患者)活動、そして病院探検隊など。経済力も人的パワーも決して豊かではありませんが、日々、皆さまの力強いご支援をいただき、スタッフやボランティア・メンバーらは持ち前の元気と明るさで、これからも課題の一つひとつを真剣に取り組んでいきたいと思っています。

情報公開の扉は開いたけれど

 これまでにCOMLに届いた電話相談は約8,500件。不安と不信感で混乱した気持ちをそのままお聞きし、問題点を整理するお手伝い。そして、相談者自身が問題解決の主役になることと、踏み止まっていないで一歩前進する勇気と努力を持っていただけるような働きかけを続けてきました。決して教育的指導や回答が提供できないだけに、いつも<ほんとうに不安の解消の役に立てたのだろうか?>と内心じくじたる思いを抱えています。むしろ相談スタッフの方が、「ありがとう」の言葉に励まされ“自立しようとする患者の支援”に少しでも役立てるよう努力しています。
 ここ1〜2年、先進国に遅れをとっていた日本社会の情報公開が世界のすう勢に遅れまいと勢いを増し、公的機開がつぎつぎと規制緩和を押し進め、医療界にも波及しています。例えば、これまでは絶対にムリと諦めていたレセプトが開示され(本人の申請が必要)、カルテの公開もいまや時間の問題といった状況。隠されるから、無理にも覗きたくなる。ところが「どうぞ、どうぞ」と言われてしまうと、そんな気にもならない。妙なものですが、ここへきて改めて、患者としても「医療情報の何を知りたいのか?」を問い直す必要性を痛感させられます。
 入手困難と思っていたレセプトが手に入ったものの「数字が並んでいるだけでガッカリした」、カルテに及んでは英語や独語の単語や記号ばかりで「いったい何か書いてあるのかサッパリわからない」。そんな疑問や、そこから生じるさらなる不安や不信が私たちを待ち受けています。しかし、当然に予測される患者のつぎなる不安を受け止める余裕が、医療現場には見当たらないばかりか、当面、厚生省にも受け入れシステムを整備する予定はなさそう。おそらく人々は、情報を入手したがゆえに生じた疑問の解決のために、再び右往左往することになるでしょう。

具体的な要求に応える支援が求められる時代

 残念ながら、いまのCOMLの電話相談では、レセプトやカルテに書かれた内容を解読する、といった個別・具体的な支援に直接関わる力量はありません。しかし近い将来、COMLの電話相談にも不安や愚痴を聞いて欲しいという期待よりも、こうした実質的な解決方法を求める声が増えるに違いありません。そのときCOMLがどう対応すべきか。そんなことを考えている私の脳裏に、阪神大震災の翌年にその存在を知ったアメリカの市民グループの活動が鮮明に蘇ってきました。
 阪神大震災の1年前、ちょうど同じ日にロサンゼルスで発生した大地震の被災者救済・支援で活躍した民間の非営利団体(NPO)があります。公平性・一貫性が求められる公的救済資源をきめ細かく、一人ひとりの被災者の個別の要求(ニーズ)に仕立て直す、それがアドボカシーグループの役割。例えば、衣類はあるが食料がない人には食料を。食料はあるけれど衣類がない人には衣類を、という具合に社会制度の中で被災者“その人”の人権や利益を守り、希望を実現させる支援です。
 もちろん一方的に意見を押しつけるのではなく、多種多様な個々の要求に応じた複数の選択肢や情報を提供して本人の自己決定を促す。つまり、これまでのCOMLのような抽象的な自立の支援にとどまらず、より具体的に個々の要求に積極的に答えようとする支援活動です。(次号につづく)