辻本好子のうちでのこづち
No.031
(会報誌 1997年7月15日号 No.83 掲載)
レセプト開示決定で気になる新たな“溝”
行政への期待を放棄した“あきらめムード”か、あるいは「このままでは日本経済、国民生活が破綻する」という日本丸の船長の誘導がうまかったのか。患者負担増を柱とする医療保険制度改正関連法案が、国会での十分な議論もないままにスンナリと可決・成立。そのうえ6月末には厚生省が突然、レセプト開示の方針決定を発表するなど。患者を取り巻く医療周辺状況がにわかに騒がしく、何やら落ち着かぬ雰囲気になっています。
レセプト開示は医療費抑制の布石?
国民に負担を強いるだけに終わってしまった、このたびの医療保険問題。患者が身銭を切るくらいでは、収まりようもない破綻寸前の医療財政。おそらく秋の国会では激しい医療改革論議が展開され、ついには製薬企業にもツケがまわるだろうと言われています。これまで保護育成の温床だった医学・医療現場にも“企業内努力”の要求が届くことも避けられない状況を迎えているようです。
医療被害者らの強い要求と“隠すことは正しくない”という社会制裁の高まりに応え、医療情報の一部開示というレセプト開示の実現。患者に診療内容や医療費の請求内容を知られたくない、という日本医師会の強い声をよそに厚生省は急転直下で方向転換の大英断。「本人や遺族の請求があれば、健康保険組合や市町村、国民健康保険組合はレセプトのコピーを渡すこと」という通知が6月25日に発表されました。ところが、国民が自助努力、自己責任を全うするための支援のようでありながら、ほんとうのところは医療費抑制の布石の第一歩じゃあないか? と、そんなうがった見方もあるようです。
医療者からは不安の声も
厚生省がレセプト開示の方針を決定するらしい、というウワサがチラチラ聞こえ始めてきた頃から、じつは医療機関は戦々恐々。その理由について、ある病院の事務長曰く、「レセプト計算には正解がなく、審査を通れば“OK”で、担当者の数だけ計算方法がある。もし患者さんが手に入れたとしても、十分な説明がなければ混乱するだけ。それほど患者さんの利益になるとは思えない」と、医療費抑制策? といわんばかりの口ぶりでした。
またクリニックの院長の話によれば、いわゆる生活習慣病と言われるような病気によっては月に2回、「どう元気?」という声をかけただけで、3割負担の人なら600円の技術料が請求できる。すなわち、特定疾患療養指導料という200点の診療報酬がレセプトに計上されます。もし入手した患者が診療報酬の内容を知らなければ、「何もしてくれていないのに……不正請求?」と、どこかにいぶかしさが残ってしまうかもしれない。レセプトを提示することはいとわないけれど、果たしてどんな説明をすれば理解、納得してもらえるだろうかと、不安気に本音を語ってくれました。
患者の開示期待の裏には医療不信が
じつはマスコミでレセプト開示のニュースが流れたその日から、「どうすればレセプトが入手できるのか?」といった相談が相次いでいます。そうした人たちの多くは、主治医にはどうしても質問しにくい、遠慮があって説明が求められないことが理由。レセプトさえ入手すれば簡単に医療内容が把握できる、と思い込んでいるようです。つまり程度の差はあれ、どのみち医療者とのコミュニケーションが取れずに医療不信感を抱いている人たちだけに、COMLとしては精一杯、現実を理解してもらう努力を働きかけています。
情報開示という時代の波に乗じて、レセプトを読み込むことがどれほど難解な作業かも知らぬままの請求が増え、いま以上に患者と医療者の相互理解の溝が深まらねばいいが……と、老婆心を抱いている今日この頃です。