辻本好子のうちでのこづち

No.185

(会報誌 2010年8月15日号 No.240 掲載)

番外編

リポート執筆・山口育子

 先月号で辻本好子から報告したように、6月半ばに胃がんが見つかりました。7月9日に入院、12日に手術を受け、22日無事退院しました。現在は自宅療養中のため、今回は入院中に辻本が「感動した医療者の支援の一つ」という取り組みを私からご紹介します。

入院患者支援の取り組み

 胃を切除した患者の不安は、何と言っても食事に関することです。辻本も退院前にさまざまなサポートを受けたなかで、「痛みや不安は取り去ることはできない。でも医療者の対応一つで軽くすることはできる」と、医療者の心技体で大きく変わることを患者の立場として実感したようです。その一つが、病棟看護師と栄養士が共同でおこなっている「胃がん術後患者の退院後の食事への不安軽減に対する栄養指導」でした。
 辻本が入院した病院の外科病棟では、昨年から胃がんで手術を受けた患者が退院後の食生活についてどんな不安を抱いているか調査・研究をしています。取り組みの内容について、担当看護師の話をご紹介します。
 研究の方法は、まず患者を知ることから。たとえば、入院前の食事の量、外食や間食の状況、嗜好品、食事の準備をしている人などを聴き取ります。すると、多くの患者さんから「食事にかける時間が短い(12.9%)」「食事内容に偏りがある(11.8%)」「外食する(9.7%)」「自分で食事の準備をしない(7.5%)」など、術前の日常が浮かびあがりました。
 一方、食事にまつわる退院後の不安を聞いてみると「排便のコントロールができるか(15.4%)」「どれだけ食べていいのか(11.5%)」「食事をゆっくり食べられるか(7.7%)」「咀嚼に時間をかけられるか(7.7%)」などの不安が挙げられたそうです。ほかにも、食べる内容や摂取すべきカロリー、体重維持ができるかなど、胃がんの患者さんが抱える食事の不安は多岐にわたり、入院前の食生活が術後の不安に大きく関与していることがわかりました。

看護師が不安を聞き取って栄養士が個別対応

  1年目の研究で胃がんの術後患者が抱える食事の不安が明確になったことで、病棟内の栄養サポートチームの担当看護師を中心に、「不安を軽減できる取り組みに発展させよう」ということになりました。
 それまでも、胃がんの術後患者に対して、入院中に栄養士による説明やサポートは手術直後と退院前の2回おこなわれていました。そこで、1回目の栄養士との面談の後に看護師が患者から「退院後の食事に関する不安」を聴き取ることにしました。具体的には、以下の項目について不安が⓪ない、①少し不安、②不安、②かなり不安、④非常に不安、という5段階で患者に答えてもらいます。

 ①どれだけ食べていいのか
 ②食べる量が少なくていいのか
 ③間食をどのように摂取すればいいのか
 ④食事をゆっくり食べられるか
 ⑤咀嚼に時間をかけられるか
 ⑥十分噛めるか
 ⑦何を食べていいのか
 ⑧どれくらいカロリーをとればいいのか
 ⑨どう味付けすればいいのか
 ⑩体重が維持できるか
 ⑪十分な水分摂取ができるか
 ⑫料理をどのように作ればよいか
 ⑬お酒は摂取していいのか
 ⑭今までの食生活を改善できるか
 ⑮ダンピングにどのように対応すればいいのか
 ⑯その他

 そして、患者の不安の程度を聴き出して記入した用紙を栄養士にFAXで送り、各患者の不安に個別対応した2回目の栄養士の面談がおこなわれます。面談の後は、看護師が再び上記の16項目について不安のレベルがどう変わったかを確認します。

漠然とした不安が具体的な課題に

 患者さんのなかには、栄養士との面談で緊張する人もいるようですが、看護師が後から不安を確認することで、リラックスして自分の気持ちに向き合えるようです。ただ、まだ取り組みを始めたばかりなので、栄養士とのスムースな連携に向けての改善の必要性は感じているとのことでした。
 お話を伺った研究チームの一員である看護師さんは「胃がんで手術を受けた患者さんには、胃の残る部位によってアドバイスも異なるのです。個々の患者さんの不安を個別対応することで、安心して退院後の生活を送ってもらいたいと思っています。食事は患者さん本人が作るとは限らないので、今後は家族など食事のキーパーソンになる人と一緒に取り組んでいくつもりです」と抱負を語ってくださいました。
 辻本はこの取り組みによって、上記16項目のなかにいくつかあった「③かなり不安」や「④非常に不安」の項目も、退院前には「⑤ない」「①少し不安」に軽減したようでした。しかし、患者さんのなかには、逆に不安が増してしまう人もいるそうです。しかし、それは漠然とした不安ではなく、解決すべき問題が明らかになり、「果たしてそれを乗り越えていけるだろうか」という具体的な課題に対する不安なのだと思います。退院直前には不安でも、問題点が整理され、それぞれの具体的な課題が見えていれば対策も講じやすいでしょう。このような患者の不安軽減のための支援が、“当たり前”になってほしいものです。

ホームページ連載終了によせて

 16年にわたってCOML創始者・辻本好子がその時々に感じ、考え、受け止めた出来事などを綴った「うちでのこづち」をお読みいただいて、ありがとうございました。このような形で、亡くなった後も皆さまの心に辻本のメッセージをお伝えする機会ができ、私も「今なお、多くの方にメッセージが届いていますよ」と辻本に報告できることを嬉しく思っています。この編集に多大なるご尽力をいただいた、COMLの担当理事に心より謝意を表します。
 この後、胃がんは思いのほか進んでいることがわかり、辻本は余命1年の宣告を受けます。そのため「うちでのこづち」としてはここでいったん終了していますが、COMLを創り、ひたむきに歩み続けた辻本の足跡を辿っていただいた読者の皆さまに感謝申し上げます。ありがとうございました。

認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長 山口育子