辻本好子のうちでのこづち

No.181

(会報誌 2010年4月15日号 No.236 掲載)

20年の“変化”に改めて想いを馳せ(パートII)

20年の患者の変化

 飽きもせず「賢い患者になりましょう!」と唱え続けてきた20年。途中、思わぬ患者の意識の変化にも遭遇しました。
 よちよち歩きだった幼子が少しずつ世間を知り、情報という武器を携え、自分の気持ちを自分の言葉で語れるようになると、自分さえ良ければいい……と周りを見る余裕もなくなってしまう。誰もが通り過ぎた(る)人生の過渡期、大人になりきれないワガママを振りかざす思春期反抗期でしょうか。患者もそこを通過してようやく医療が「お任せする他人事」でなくなったのですから、意識の変化は自立に向かういわば必然なのかもしれません。
 COMLの電話相談では2003〜2004年頃がまさにピーク。マスコミの過激な医療バッシングに煽られ、漠然とした医療不信に踊らされた相談が相次ぎました。
 しかし、医療事故報道の加熱が冷めると同時に不思議に相談が減り、訴えのテンションも少しずつ収まりを見せはじめたのです。にもかかわらず届く相談は、以前にも増して対応にエネルギーが必要で、決して相談スタッフが楽になったわけではありません。過剰な期待を抱く患者の訴えを受け止める一方で、「賢い患者」というゴールを目指すために「やっぱり頑張ろう!」と活動そのものへの“元気”を相談者から注入していただいてきた20年でもあります。

地域医療を支えるのは患者の変化!

 ところが最近、思春期反抗期のような相談よりもさらに深刻な事態と対峙する機会が急増。20年の節目を迎えたCOMLが、次なる30年を目指して歩むための大きな課題が与えられていることを痛感しています。電話相談にもほとんど声の届かない地域の、いわゆる医療崩壊問題。そうした地域の住民の方々に「賢い患者になりましょう!」の声を届ける役割です。
 医師不足や病院閉鎖に追い込まれるといった問題は、日本列島の北から徐々に南下し、より深刻さを増しています。3月中旬の講演は、北海道から東北のこれまで伺ったことのない地域を巡る旅となりました。どこよりも早く医師不足問題に晒された北海道の後志(しりべし)地区と釧路、そして青森の五所川原市。さらには、昨春、27の県立病院うちの4つを縮小、県知事が議会で土下座する映像が衝撃だった岩手県。4月に地域唯一の有床診療所が入院ベッドを閉鎖して住民の不安と不満が高まった紫波郡紫波町です。
 いまや医療はセイフティネット(社会の安全網)からインフラ(産業基盤の社会資本)の時代だけに、地方の医療格差を看過していいはずはありません。しかし、報道からも届いてこない、想像をはるかに超える厳しい現実が北の地域の人々を不安に駆り立てています。そうした現実に直面しただ呆然と言葉を失うばかりです。たしかに“あって当然”だったものが目の前から消える瞬間に覚える驚愕も、時の流れのなかで次第に諦めに転じてしまうことはままあること。しかし、死に向かって生きる宿命を背負った私たちは、多くがその途中で病み衰え、多くが医療を必要とする存在なのです。ただ諦めるだけで、決して問題が解決するわけではないのです。
 しかし、ないものねだりもできなければ、ない袖は振れないのも当然の現実。もちろん医療インフラ整備はどこの地方行政にとっても喫緊の課題。安穏としていることは許されません。国もようやく本気になって10年後には医師数も増えそうですが、現在(いま)すぐには間に合いません。そうした厳しい時代であるからこそ地域住民が“主役”となって、とりあえず白分たちができることとしていまある資源を大切に有効利用する努力をしようと立ちあがることだと思います。つまり地域医療を守り・育て・支える役割を、地域行政と横並びで取り組む患者・住民の意識改革と行動変容です。
 訪れた先々の住民集会で私は懸命に、地域医療は“限りある社会資源”であること、それを引き受けたうえで私たちはいまこそ「賢い患者になりましょう!」とCOML20年の活動で学んだことと私白身の患者体験を交えて熱く語りました。耳を傾けてくれるのはいつもの医療者ではなく、地域医療の力(支援)を利用・活用する地域の主人公である患者・住民の方々。講演会主催の“仕掛け人”は、ようやく“味方”にすべきは地元住民であることに気づいた県や市町村行政、あるいは地域の中核病院だったり。
 地元の医療への期待を諦めかけていた人々が、ポスターを見たり行政の呼びかけに応えたりしてどんな話かもわからぬまま疑心暗鬼の表情でゾロソロと参加、どの会場も主催者ビックリの大盛況でした。90分という長時間、「協働」の重要性、必要性を語る私に、ずっと熱いまなざしを注いで耳を傾けてくださいました。終わるころには硬い表情から笑顔に変わり、逆に私のほうが励まされ、熱い気持ちがズシリと心に残りました。地域医療の守り手、育て手、支え手になるために、いまこそ「賢い患者になりましょう!」の声を日本中に届けたい。それが次なるCOMLに与えられる“もう一つ”の仕事だと、しっかり心に刻む機会とさせていただきました。