辻本好子のうちでのこづち

No.119

(会報誌 2005年2月15日号 No.174 掲載)

私と乳がん㉝

外来治療で果たすナースの大きな役割
やはりドクターは治療優先?

 2回目の化学療法を前に準備したのは、“復活”したときの食料。初回、食欲が戻ってきたとき、突然「細うどんが食べたい!」と騒いで山口を煩わせた反省もあってのこと。のどをスルリと通る“そうめん”と手のかからない“そうめんつゆ”。香りの強いねぎやしょうがといった薬味のたぐいは、前回、一切受けつけませんでした。少し喉を通るようになれば、食欲に任せて気分転換を兼ねて買い物に出たらいい……と、必要以上の構えはしないことにしました。
 点滴した初日は、大量の吐き気止めの薬が入るからか割と楽に過ごせるのですが、2日目と3日目はいまも思い出すだけでゾォ〜と鳥肌が立つほど結構つらい状態でした。吐き気もさることながら、止まらないシャックリにずいぶん苦しんだのです。たかがシャックリ、されどシャックリ。ともかく身体を動かすと始まって、何時間も止まらないのです。水を飲んでも、息を止めてみても、止まらない。「モウッ、いい加減にしてヨッ!!」と大声で叫びたくなる数日が続きました。
 せめて、あのシャックリさえ起きなければ………。そんな気持ちから点滴前の外来診察で、主治医に「なんとかならないか?」と相談してみたのですが、「副作用なんだから仕方ない!」とばかりに私の思いを一刀両断。やはり主治医には治療が優先で、患者のQOLは二の次なのかもしれません。それまでは対話のできる主治医と信頼していたのに……。口にしないまでも「当然に予測される副作用なんだから、シャックリぐらい我慢しろヨ」といわんばかりの冷たい態度に、内心<人の苦しみや辛い気持ちがどうしてわからないの!? 少しくらい何とかしてやろうという優しさを見せてくれたっていいじゃないのヨォ〜>と、チョッピリふてくされたくなるような気分でした。

落ち着かない点滴室

 さあ、いよいよ2回目の点滴のスタートです。
 1回目の化学療法から3週間経っているにもかかわらず、事前の血液検査で白血球がまだ3000(正常値は3500〜9000ぐらい)に下がったままで、<やっぱり抗がん剤って、すごいんだなぁ〜>と改めてその威力を感じさせられる思いでした。そのとき目の前には、角を生やした小さな悪魔が「コレでもか、コレでもか!」と私の全身を叩きのめす姿が浮かんでくるようでした。しかし、自分で決めたこと。逃げ出したくなるような気持ちを<ここでひるんでなるものか!>と、自分を自分で励ましてやるしかありませんでした。
 しばらくして名前が呼ばれ、カーテンで仕切られただけのリクライニングの点滴ベッドが数台向かいあわせに並ぶ点滴室へ。案内された私の向かい側のベッドでは、点滴中の男性がなにやら苛立った様子でナースに怒鳴り散らしています。落ち着かない気分でいるところへ、最初の点滴のときにも担当してくれたナースが近寄ってきてニッコリ。彼女の笑顔で思わず緊張がやわらぎ、ホッとしました。
 リクライニングチェアに身を横たえると、早々に点滴ルートの確保を担当する若いドクターが走り寄ってきました。あちこちから呼ばれて忙しそうに走り回り、余裕のないことは理解できるけれど、それにしても偉そうな態度の研修医。患者の私ばかりか、ナースに対してまで、それはそれはつっけんどんで乱暴な口調。いったい医学部で何を学んできたのか、はたまた臨床現場で誰の背中を見ているのかと、厭味のひとつも言いたくなる気分。<いやいや、待て待て。今日は、私は患者さん。おとなしくしていよう!>と、気持ちを切り替えました。やはり患者になると、言いたいこともなかなか言えないものです。

外来ナースの配置基準の見直しを

 苛立ちを静め、できるだけリラックスしていたい気持ちから、さりげなくナースに声を掛けてみました。前回も、おぼつかない手元を見ながら<新人さんだろうな〜>と思っていたので、正直に問いかけてみました。すると、「4月に配属になったばかり」とおずおずとした返事。一瞬、<大丈夫かな?>と小さな不安がよぎりました。<自分の身は自分で、ちゃんと守らなくては!>と、急に彼女の処置を注意深く眺める自分がおかしくてなりませんでした。
 3パックの点滴液を75分ほどかけて注入するのですが、その間、頻繁に点滴液の減り具合や私の様子を確認するために声をかけてくれました。少しずつ言葉を交わすうち、ナースになろうと思ったきっかけは母親がナースだったこと。物心ついた頃から働く姿に憧れていたこと。夜もほとんど家にいないような状況で、おばあちゃんに育てられて、小さい頃は淋しいと思ったこともあったけれど、やっぱり自分の進む道はナースしかないと迷う気持ちはなかった。看護学校に入学したときも卒業したときも、誰より喜んでくれたのが母でした——と、ポツポツと語ってくれました。そんなナースとの四方山話が気分を紛らわせてくれたのか、初回の点滴より時間が短く感じたのは、単なる気のせいだけではなかったと思います。
 かつて抗がん剤の点滴は、入院して受けていたようです。しかし、制吐剤の効能の高まりや、病院の経営効率から平均在院日数を減らすためもあって、最近、多くの化学療法が外来治療に移行しています。もちろん患者のなかにも(私と同様)、仕事や家事をしながら自宅で気ままに過ごしたい思いで、「外来のほうがいい」という人が増えてきているようです。
 医療状況の変化もあって、結構、厳しい状態を抱えた患者が外来に急増しています。現行の基準である外来患者30人に1人のナースの配置で、果たして十分な対応ができるはずもありません。患者の気持ちに寄り添い、患者自身が病気と向き合おうとする気持ちを、背後にまわってしっかりと支える患者の自立支援者。本来、ナースが願う業務と役割をまっとうするためにも、いまこそ看護の配置基準を見直すべきと、患者の立場になってつくづく感じさせられました。

※2002年のことを記した体験記です。