辻本好子のうちでのこづち

No.008

(会報誌 1995年5月15日号 No.57 掲載)

第24回日本医学会総会
「市民の医療トーク」の企画に参加して

 4年ごとに開催される医学のオリンピック、第24回日本医学会総会が名古屋で開催されました。100年の歴史を誇る医学進歩の集大成の場、「人間性の医学と医療」をテーマに全国から3万余人の医療関係者が集って市内6会場で5日間のビッグイベントが繰り広げられました。

市民との対話を重視した試み

 いまや日本の医療の進展は留まるところを知らず、遺伝子治療や体外受精、臓器移植など未知の領域にどんどん広がり、「人が安心できる医療」の価値は急速な医療技術の進歩の陰に隠されようとしています。今回のテーマのねらいには、そうした医療周辺の見直しもあったとか。さぞや学会報告や討議内容が、私たちの身近なニュースになるものと期待していたのですが……。東の青島(幸男・東京都知事)さんに西の(横山)ノック(大阪府知事)さん、そして連日賑々しいサリンやオウムのニュースにすっかり影が薄れ、やっぱり私たち患者や市民には預かり知らぬ異文化圏のお祭りで終わってしまったようです。
 とはいえ開かれた医学会総会を目指した今大会では、これまでになかった市民との対話重視の試みがなされました。4年前の京都大会で唯一催された市民公開シンポジウム「インフォームド・コンセント」が好評を博し、市民参加企画として名古屋へ引き継がれたのです。
 こうして6日間にわたって「みんなの医療展」「市民の医療トーク」が、市内デパートを会場に催されました。大催事場では遺伝子治療や脳死・臓器移植問題、また最近の治療や診断の進歩などがわかりやすくパネルで紹介され、骨密度を計測するコーナーには連日早朝から長蛇の列。
 一方、くらしの中の健康や病気について参加者との対話を重視したトーク企画は、400席のこぢんまりとしたホールで合計11のテーマで繰り広げられました。更年期障害や骨粗しょう症、アトピーなどのこどもの現代病、そして、障害者の社会参加など。専門家と市民や患者の代表がステージで語り合い、会場の意見を交えて活発な話し合いが行われました。
 事前申し込みの段階でも主催者の予想をはるかに上回る大きな反響が寄せられ、「改めて医療知識や情報への関心の大きさを痛感した」と企画を担当した名大教授が驚いていました。

COMLの思いを“医療トーク”で

 「インフォームド・コンセント——医師と患者の信頼関係」のセクションを手伝って欲しいという声が、COMLに届いたのは昨年の夏。医学会総会主催の企画にかかわるということは、思いようによっては医療側がCOMLの存在そのものを受け入れたことになります。それだけに、正直言って私はとても嬉しい気持ちでした。
 準備委員会が実施した市民5000人対象の事前アンケート調査で、「総会のテーマで最も関心のあるものは?」に71%の人がインフォームド・コンセントと答えていました。COMLの活動の大きなテーマでもあり、これだけ多くの人々が関心を寄せている「トーク」でCOMLの思いが伝えられることは、本当に胸弾む思いでした。
 あくまでも参加者との対話中心の2時間30分、インフォームド・コンセントの理解をどう深めていただくか。あれこれ考えた末、まずはCOMLの活動紹介とインフォームド・コンセントを「説明と同意&理解と選択」と訳すCOMLの思いを語り、最後に「賢い患者になりましょう」を呼びかけることと、女優の左幸子さんのご協力をいただく準備を進めました。

インフォームド・コンセントヘの思いを患者側から

 当日、ほぼ満席の会場の明かりが落ちて、3人のスタッフが事務所で電話を受けている場面からスタート。電話相談を皮切りに患者塾やフォーラム、SP活動と病院探検隊など次々とスライドで活動を紹介しました。つづいて「説明と同意」「パターナリズム」「信頼関係」「対話、気づき合い、歩み寄り」「理解と選択」「調和の医療」など、スケッチブックに手書きしたキーワードを示しながら、主体的な医療参加の必要性を会場の一人ひとりに語りかけ、予定の1時間はあっという間に過ぎてしまいました。
 さて、いよいよ左さんの登場です。ひょんなことからゲストにお迎えできた左さんは、9年前に胃を全部摘出する手術を受け、その後も抗がん剤治療や腸閉塞の緊急手術を公演先のハワイで体験するなど、今も医療とは深くかかわっていらっしゃいます。
 「医療はサービスですよ」ときっぱり言い切る左さんの言葉にタジタジの司会の名大教授、医療に対する患者の自然な思いが見事に語られます。抗がん剤治療を続けるかどうか迷ったとき「あなたの母親ならどうするか?」と主治医に迫り、「続けません」という答えを引き出して中断を決意した左さんの「賢い患者」ぶりが具体的に伝わってきました。

市民の積極的な議論への参加

 最後の1時間はフロアディスカッション。歯切れのいい左さんに勇気づけられ、会場からも熱気あふれる発言が続きました。「先生の前では遠慮して何も聞けないくせに、家に帰ってから私に不満をぶつける」−−夫を愚痴る老婦人の長々しい話もありましたが、がん告知問題に対する医療側の意見を求める質問やパターナリズム医療を厳しく批判する声など的確な質問が続きます。
 「近所の診療所の先生はとても気さくな方で評判がよく、どんな相談にも乗ってくれる」という発言に、マイクを持って客席に飛び込んだ左さんが「そのお医者さんの名前を言ってください」とインタビューするハプニングもありました。地域の医療を育てるのはこうした患者の声、私は拍手したくなる気持ちを懸命に抑えました。
 数年前まで、こうした議論の場に一般市民がこれほど積極的に参加することはなかったように思います。時代の変化の中で一人ひとりが意見を持ち始め、変わろうとしている確かな足取りを実感させられました。ただ残念だったのは、患者の本音が聞ける絶好の機会なのに医療者の姿がほとんど見当たらなかったことです。耳の痛い話には違いありませんが、ぜひとも聞いて欲しい患者の「なまの声」でした。

 今後も一層、患者と医療者が対話することの重要性を再認識させられ、COMLの活動「もっとガンバレ!」と励まされた貴重な体験でした。