辻本好子のうちでのこづち

No.162

(会報誌 2008年9月15日号 No.217 掲載)

「安心と希望の医療確保ビジョン」を終えて③

 2008年6月に厚生労働省がまとめたビジョンの3本柱の最後の項目は「医療従事者と患者・家族の協働の推進」。メンバー3人のうちの一人として議論に加わり、まさにCOML18年の真骨頂が問われた思いでした。もがきながら模索してきたこと、ひたすら懸命に続けてきたCOMLの取り組みのあれこれが検証され、活かされた項目になったと自負もしています。
 全14ページの報告書のうち、わずか2ページ半にまとめられた内容ですが、私たち患者・家族にとってもっとも身近で大切な課題の羅列。日本の医療に安心と希望の息吹を、そして、間違っても危機や崩壊に至らないために、いまこそ患者・家族と医療者がどのように“協働”すべきであるか。とくに国民の理解と協力を求める具体的な提案が盛り込まれています。

相互理解の必要性

 まずは、医療の高度化で医療現場の業務密度が高まった現実があげられ、それでもなお私たち国民が「世界的にも高い水準の医療にアクセスできることは、医療従事者の日々の努力による」と医療者を讃えて本文が始まります。そして、WHO(世界保健機構)が世界一と認める長寿国日本で、「患者や家族の医療に対する期待はさらに上昇している」と、とどまることを知らない患者側の要求に対する皮肉もチラリ。
 そうした患者の要求に応えるために、医療従事者へは「患者や家族の肉体的・精神的な苦痛や葛藤を理解すること」「複雑で専門的な疾病や治療に関しても丁寧な説明を行い」納得を得るように努める専門性(プロフェッショナリズム)を最大限発揮する必要があるとしています。そして医療機関には、患者や家族の不安をしっかりと受け止め(傾聴し)、「課題に導いていくような相談機能」を用意することとしています。
 じつはここに登場する“導く”というキーワードに、いまも私は忸怩たる思いとぬぐいきれない疑問を抱いています。少なくとも医療において正解も完璧もあり得ない以上、決して医療側が患者・家族の気持ちを誘導することがあってはならないと思うからです。COMLの電話相談のモットーは“一緒に考える”ことにあり、まずはたまった気持ちを吐き出していただき、あるがままを受け止め、気持ちに寄り添いながらその人の心の奥底に潜む“ほんとうはこうしたい”という想いを一緒に探すこと。そして、想いを言葉に置き換え、医療者にどう伝えればいいのかといった言語化のお手伝いをしたいと願っています。
 それだけに、医療側が“こうあるべき”と考える方向へ誘導することは、決して『相談』ではないと思うのです。しかし、残念ながら、こうしたCOMLの考え方はなかなか受け入れてはもらえません。やはり「相談機能」とは物事を解決するために答えを出したり導いたりすることにあると、相談する側も受ける側も考えているのが現実のよう。
 さらに「協働の推進」のため、患者側にはリスクや不確実性が伴う「医療の限界への理解」「医療者と協働する姿勢」を求めています。そして良好なコミュニケーションが医療者の“やる気”を維持・向上させ、ひいては患者側の満足度を高める「好循環を生む」としています。まさにCOMLの提唱する“賢い患者”になることと患者の主体的医療参加の必要性が謳われています。

医療の公共性に関する認識

 ここでは医療を国民生活を支える「公共性の高い営み」とし、患者と医療者双方で支えるものとしています。医療者には地域ニーズを把握することと医療水準を保つ努力を生涯の課題と位置づけ、一方、患者には健康管理の自助努力といわゆる「コンビニ受診」の戒め、「地域医療資源が公共のものであり、有限の資源」であることへの理解を求めています。そして、地域ボランティアなどによる適切な受診行動の普及・啓発、とくに「母子保健活動の充実」では妊婦健診の適切な受診やリスクの周知、緊急時のアクセス方法に関する普及の必要性があげられています。

患者や家族の医療に関する理解の支援

 患者・家族に対する「療養生活上の心理的社会的問題の解決」を担うメディカルソーシャルワーカーや地域ボランティアなどの活用で「患者の療養生活を自立的に構築する支援体制の必要」が記されています。そして、医療の公共性や不確実性に関する認識の普及、相互理解の推進を担う例として「地域における語らいの場や地域住民による病院職員との懇談会(患者塾・病院探検隊など)の開催といった市民活動などへの積極的な支援と市民への情報提供を行う」としてCOMLの具体的な活動が紹介されています。また医療に関する学校教育と、幼少期からの(年齢に応じた)医療の理解の普及の大切さも加えられています。
 最後に「医療のこれからの方向性」として、「治し支える医療」「患者と医療者の協働」「地域ボランティアの参画」の必要があげられ、「本ビジョンの各施策はそれに資するもの」と結ばれています。その後、ビジョンの具体的構築のための二つの(医療と介護)検討会が立ちあがり、議論を深める作業が始まっています。繰り返しになりますが、絶対に画餅に終わらせないことを心から切望して報告を終わります。