辻本好子のうちでのこづち

No.147

(会報誌 2007年6月15日号 No.202 掲載)

私と乳がん(61)

まさか!? 再発や転移の兆候?
支えになるドクターの“ひとこと”

 2005年の春、手術から3年が経過。
 たしかに、自分でもふがいないほど迷い、悩みもしました。けれども、執刀してくれた主治医を“追っかける”という決断をしたあとは気持ちも穏やかで、仕事に明け暮れる相変わらずの日々が平穏無事に過ぎていました。とくに忘れようと意識しているわけではないのに、日常の忙しさのなかで、がん患者であることの自覚がどんどん薄らいでもいました。
 3ヵ月に一度の受診の日、「大きな山を越えましたね!」と放射線科主治医から言われ、<ああ、やっぱり……この3年間は、いつ地雷を踏んでも不思議のない再発・転移のリスクの高い毎日だったんだ……>と、改めてがんと向き合うことの厳しさに気づかされました。思いがけない主治医のさりげないひとことに、思わず「ありがとうございます。ほんとうにお蔭さまです」と心からの感謝の言葉。その一方で、胸がキュンと熱くなり、鼻の辺りがツーンと痛くなったことがいまも強く心に残っています。
 患者が医療に望むこと、それは「確かな技術」できちんと「治してくれる」ことに他なりません。もちろん、それがすべての患者にとっての基本的ニーズ、第一義だと思います。「お愛想なんていらない」「気持ちに寄り添ってなどくれなくてもいい」「病院なんかに長く入院するより一日も早く家に帰りたい」と願う患者がいても不思議ではありません。なかには「どこの病院に行くか、どんなドクターに出会うかも、結局は運のうちさ」なんて言う人もいます。「有名なドクターだというので、大きな期待をしたばっかりに……」と、落差に裏切られた気持ちに陥ってしまう患者もいます。そんなことになるくらいなら、いっそ最初から何も期待しないほうがいい、というのも一理でしょう。
 でも私は、患者になってみて初めて知ったのです。その人の優しさや温かさが伝わってくるドクターの“ひとこと”に、どんなに励まされ支えられるものなのか、を。もちろん医療者だけに限りません。私の周囲のすべての人たちからいただいたひとことに、です。そうであるだけに、とくにこれからの医療を担う若い医療者には、患者がどんな不安や混乱に陥っているか、目の前のその人の表情やしぐさに関心を向けてほしい。そして、ほんの少しの想像力を働かせて関わろうとするコミュニケーション能力を高め、大切にしてもらいたいと願っているのです。

手指や関節にこわばりと痛みが……

 ちょうどその頃でした。朝、左指の関節すべてがこわばって、痛くて目が覚めるようになったのは……。
 初めのうちは、<どこかに指をぶつけたのかしら?><それとも、毎日重いキャリーバックを引っ張っているから、指を痛めたのかな?>と軽く考え、さほど気にしていたわけではありません。忙しく動き回っている日中はほとんど忘れている程度の痛みと不安だったこともありました。とはいえ、そこは“がん患者”の哀しさ。日ごとに痛みやこわばりが増してくると、少しずつ<指が筋肉痛を起こすなんて、聞いたこともない>と不安が募ってきました。
 とくに痛くて目覚めた朝など、<転移か再発の兆候だったら、どうしよう……>と急に強い不安に襲われ、一方で<まさか、そんなバカな!>と打ち消そうとする気持ちとのせめぎあい。しかし、指が痛いくらいで不安になっている自分が恥ずかしい気もあって、しばらくは誰にもそのことが言えませんでした。結局、痛みを感じ始めてから2〜3ヵ月、あれこれ気になりながらも、受診もせずに放置していました。
 その頃はほとんど毎日予定が入っていて、あっちへ行ったりこっちへ行ったりの忙しい旅人稼業。3ヵ月ごとに予約した定期受診以外、病院に行く暇も気持ちの余裕もありませんでした。もし仮に乳がん特有の転移や再発の可能性でも疑われるような症状だったならまだしも、指の関節が痛むくらいで仕事を休むなんて……という気持ちだったと思います。それでなくても定期的な通院で、少なからず仕事に支障を来たしているだけに、これ以上の時間を費やすことが憚られるような気持ちだったこともありました。しかし、次第に指の関節だけに感じていた痛みがひじ関節へ、そして、肩関節にまで這い登ってきてしまいました。
 そうなって初めて、事務所に出た日、できるだけ心配をかけないように言葉を選びながら、そっと山口に相談してみました。結局、あれこれ一緒に調べてもらうことになったのですが、どうやら症状としてはリウマチによく似ていることが判明。しかし文献によれば、リウマチの痛みは左右対称に出ると書かれています。でも私の痛みは左手だけ。となると、やっぱりリウマチではなさそう。だとしたら何の痛みなのか……、あれこれ調べてみてもなんの手がかりも見つかりませんでした。最後は、とりあえずリウマチではないと診断してもらいたいという消去法、リウマチ専門医のいる病院を受診することに決めました。インターネットで調べてみると、たまたま私の住まいのすぐ近くの総合病院の副院長がリウマチの専門医だということがわかりました。
 善は急げと、翌日、受診することにしました。

※これは2005年の出来事です。