辻本好子のうちでのこづち

No.139

(会報誌 2006年10月15日号 No.194 掲載)

私と乳がん(53)

自分を振り返り見つめ直す旅に

 巷には、がんの原因はストレスだという説が根強くはびこっています。私の乳がんの原因が果たして何であったのか、それは神のみが知ること。あまり深く考えたことはありません。しかし、いま話題のメタボリックシンドロームも、血圧や血糖、さらには血中脂質などに、日々の食生活や喫煙が大きな影響を及ぼしていると言われています。そう考えてみれば、乳がんの細胞を育てた何らかの原因に、私の生活スタイルや食生活が少なからず影響していたことは否めないでしょう。乳がん手術後1年を“記念”して日常から抜け出し、息子と旅した異国の地は自らを俯瞰し、生活のことごとくを見つめなおす機会を与えてくれました。

大らかで心のこもった歓迎

 かつての息子のフラットメイト(同居人)が用意してくれた昼食会で、ホスト役のロスが見せた驚くほど自然体な歓迎ぶりは、まさに目からうろこ。到着する時間を伝えてあったにもかかわらず、彼はスーパーに出かけてのんびりお買い物。遠来の客を外で待たせたばかりか、家に招き入れた後もビールの乾杯で大盛りあがり。空腹を気取られぬようすましてはいたものの、おなかがクークー鳴り続ける私をさらに待たせて、おしゃべりしながら料理を楽しむ“大らかさ”。そして、出てきたのは、力みのかけらも感じないたった一皿の料理。主婦時代の自分を思い起こせば、私なら……おそらく数日前からメニューのあれこれを順に浮かベメモを取り、食材は前日までに買い揃え、当日は朝から台所で大張り切り。もちろん料理の品数の豊富さが歓迎の証。そして、お客様が到着する前に用意万端整えて……と、厳しいまでの完璧を自らに強いる姿が浮かびます。
 遅い昼食を済ませて話が盛りあがってきた頃、セピア色の西日が部屋を彩り始めました。突然、ロスがろうそくに灯をともしてギターの演奏を始めました。なんと、プロのクラシックギターの生演奏が私の目の前で始まったのです。すると息子も口スのギターを借りて、同居していた頃に一緒に演奏していた曲を合奏。ディナーショーならぬ極めつけのライブで、思いがけず贅沢な歓迎ムードが演出されたのです。
 料理を作りながら二人で申し合わせていたふうもなければ、どちらからか「やろうヨ!」と声をかけ合ったわけでもない。まさに思いつきを即実行! 深い友情で信頼し合う二人に言葉は必要なく、まさに「あうんの呼吸」のサプライズ。息もぴったりの演奏に酔いしれながら、心のこもった歓迎に涙が出るほどの感動を味わいました。

パースの自然と“南半球”を満喫

 ギター演奏を堪能したのち、ロスのオンボロ車でドライブに出掛けようという話になりました。ビールで乾杯したあとだけに<飲酒運転、大丈夫?>と心配になって息子に耳打ちすると、オーストラリアはアルコール血中濃度の基準値までもが大らかとのことで、「ワイン一本くらい飲んだ後でも飲酒運転にはならないんだよ(10年前当時)」にビックリ。
 目指すは、街の中央を眺望できる小高い丘にある大自然公園・キングスパーク。うっそうと茂る木々がどこまでも続き、芝生の丘が果てしなく広がる園内の散策を3人でのんびり楽しみました。木陰のベンチでリズムを取りながら2つのイヤホンで一緒に音楽を楽しんでいる若いカップル。寝そべった太っちょパパのおなかの上で戯れている人形のようにあどけない子どもたち。白髪の老夫婦が手をつないで、ときどき思い出したように言葉を交わしながらのんびり歩いている後姿、などなど。休日でもない平日の早い夕方というのに、どうしてこんなにたくさんの人が公園で遊んでいるのかが不思議でなりませんでした。
 夕闇が迫る頃、ホテルまで送るといってくれたロスに、「もう一度、スワン河口に行ってみたい」と途中で降ろしてもらいました。河岸に追って並ぶベンチに座って1時間余り、言葉を失うほど幻想的で美しいサンセットを満喫しました。ここでもまた、多くのカップルや老人が、散歩やジョギングを楽しんでいました。そんな姿を眺めながら、憧れのサザンクロス(南十字星)を見つけたり、オリオン座が上下逆さ向きに輝いているのを見つけたりしながら、年甲斐もなくはしゃいでいる自分がふっと気恥ずかしいような気持ちになりました。

改めて乳がんに感謝

 広大な自然のふところに抱かれて憩う人々のゆったりした飾り気のなさ、ロスのもてなしにも感じた“大らかさ”がうらやましいとさえ感じている自分に気づいたのです。ただ息子の話によれば、オーストラリアの西都・パースは失業率が高く、人々は決して金銭的に豊かとはいえないとのこと。稀人である、他国の旅人の私が「大らか」と美化して語ってよい問題だけでもなさそうです。それにしても国民性というべきか、はたまた単にいい加減なだけなのか、見方・感じ方の違いはあっても、決して無理せず、楽しい思いつきを大切にし、その時々を目一杯楽しむ人々の生き方に多くの示唆を得たような気がしました。
 いわゆる「A型思考」の強い私の性格の問題以上に、ここ数年、とくにCOMLを立ちあげてからのしばらくは、家庭と仕事の両立でがむしゃらな毎日を過ごしていました。そして、ついに両立を諦めるという哀しい決断(離婚)も経験しました。そんなこんなのすべてがストレスだったかといえば、決して、そうではありません。誰に頼まれたわけでもなく、どうしても自分でやりたくて、周りの善意の忠告も無視して、がむしゃらにCOMLと格闘してきた10数年です。ただ考えてみれば、こんなに解き放たれた、何の思い煩うこともない、のんびりした時間はほとんど味わったことがありませんでした。
 北半球の日本では見られない星座の瞬く夜空を眺めながら、素直に「乳がん」に感謝している自分を感じていました。

※これは2003年の出来事です。