辻本好子のうちでのこづち

No.133

(会報誌 2006年4月15日号 No.188 掲載)

私と乳がん㊼

放射線治療室にて
技師の人柄が見える対応

 放射線治療の5回目は、土日の休みをはさんだ週明けの月曜日。この日は初日にマーキング(照射位置の目印を直接肌に描き込むこと)をしてくれたベテラン技師の2人組みの担当で、前回の若いスタッフの大雑把とも思えるようなスピーディな対応とは雲泥の差。じつに丁寧で慎重な仕事ぶりに心から安堵する思いでした。
 スタッフの対応の差ということで言えば、たとえば照射後に起きあがろうとするときに知らん顔の人もいれば、手首を握って助けてくれる人、さらには背中を支えてくれる人など。これは技術の差というよりむしろ人柄というか、大きく括れば人間性の問題なのかもしれません。それだけに、いくらマニュアルがあっても、感性もなければ気づきもしないような人には望めることではないのでしょう。
 とくに放射線治療は連日続くだけに、嫌でも技術の差、お人柄の違いまで見えてきてしまいます。結局、人と人がかかわる医療のあらゆる場面の最後は「人」の問題に行き着き、それだけにさまざまな葛藤や齟齬が浮き彫りになってくるのでしょう。そうした患者や家族の積もり積もった気持ちがCOMLへの電話相談として届き、哀しいことに日ごとに増えているのです。

患者の声をつなぐチーム医療の不在

 その日、照射後に「昨日あたりからワキが引きつるような感じがして、少し痛いんですが」と、“その後の変化”を伝えました。すると目の前にいる診療放射線技師(これが正式な名称だそうです)は、あたかも——4回の照射くらいでそんなはずはない——といわんばかりのこわばった表情。思いがけない否定的な反応に、一瞬ひるんでしまいました。しかし、そうはいってもほんとうに私の確かな実感です。もちろん嘘でも誇張でもありません。そのあと何の言葉を交わしたわけでもありませんが、技師の表情が曇った瞬間、小さな空間に気まずい空気が漂いました。なんだか私の全人格までもが拒否されたような、重い気分になってしまいました。
 <やっぱり、放射線技師さんに伝えても仕方なかったのかしら……>。チーム医療なんて名ばかりで、ドクターの指示のもとで黙々と業務さえ忠実にこなせばいいと割り切っているようにしか見えません。患者を支えるプロとしての誇りや気持ちなんて、患者に向かうたびにいちいち感じてたらやってられないよと感情を閉じ込めてしまっている人のようにしか私の目には映りませんでした。
 もし、患者から苦痛や悩みを訴えられてもどうすることもできないのなら、伝える相手が違うことを患者にわかるように説明してほしい。そして誰にどのように伝えればいいかをアドバイスしてくれたら、患者はどんなに救われることでしょう。きっと相談してよかったと思えるに違いありません。それがまさにチーム医療であって、病院のスタッフが一丸となって患者の自立を支援することになるのではないでしょうか。
 しかし、その後の彼の無表情、無反応に<この人たちには、これからも何も期待できないのかなぁ……>と少し寂しい気持ちになりました。
 翌日の照射後に初めての放射線科主治医の診察があるので、そのときにきちんと伝えようと切り替えて自分の気持ちを立て直しました。しかし、医療が多職種連携プレーである以上、ふっとつぶやくこうした患者の声(本音)をきちんと横につなげる“連携”が、医療安全の観点からも今後の医療現場における重要な課題だと私は思うのですが……。

待合室での交流

 翌日、照射が終わったあと、放射線科の診察室の前で待つこと約30分。その間、パジャマ姿の二人の女性患者さんから声をかけられて、互いの病歴を交換することが自己紹介代わりのようなおしゃべりが始まりました。お二人とも子宮がんの術後で、入院して放射線治療を受けているとのこと。お一人はがんが脳転移し、手術後の放射線治療を受けておられる方ですが、「病状や治療のことなど、怖くて先生に何も聞けない……」と悩んでおられました。さりげなくCOMLの電話相談を紹介し、「答えはないと思うけれど、話を聴いてくれたり一緒に考えてくれたりするらしい。それだけでも気持ちが楽になるかもしれない」と立場と役割を隠したまま、ちょっぴりCOMLの“営業”をしてしまいました。
 私の病歴や治療の経過を聞いたお二人は、ともかく「スゴイ、スゴイ!」を連発。入院もせず、まして仕事を続けている患者がいることに驚き、かつ呆れてもおられたようでした。その日、診察後に神戸での講演予定があって、すでにそのときの私は患者というより仕事の顔をしていたのかもしれません。お二人とも「(心配だから)お願いして入院させてもらっている」という患者さんたちで、照射後はベッドで横になって日がな一日、気だるさを全身で引き受けるしかないと諦めているとポツリ。毎日が退屈で仕方なく、ほんの少し退院しようかなぁ〜という気持ちになっていた時期でもあったらしく、少し明るい表情で「通院でも大丈夫かどうか、一度先生に相談してみようかしら」。患者同士のおしゃべりのなかで、心の奥に潜んでいた前向きな自分の気持ちと向き合った真剣な表情がいまも私の心に印象深く残っています。

※これは2002年11月の体験です。