辻本好子のうちでのこづち

No.121

(会報誌 2005年4月15日号 No.176 掲載)

私と乳がん㉟

効果は天下一品! しゃっくりに柿のへた
味覚まで変化して

 焙煎の深い、ほろ苦いコーヒーの味に魅せられて数十年。目覚めの一杯から始まって多い日には1日4〜5杯、私にとって“なくてはならない人生の友”。そのコーヒーがまったく飲めなくなってしまったのです。果たして、それが化学療法の副作用だったのかどうかはわかりません。味覚が変わることは聞いていたものの、それにしてもと我ながらびっくりしました。
 2回目の点滴の日、病院の帰りにスーパーで買い込んだ食材で作った<夏野菜のピクルス><ラタトウーユ><青菜の胡麻和え>などは、結局、ほとんど食べられないまま捨ててしまいました。回復後の数日間、のどを通ったのは今回も冷やしそうめんだけ。ダイエットを望んだわけではないのに、化学療法直後の体重は4キロ減。さすがの威力ですが、回復して食欲が戻ってくるとあっという間に免疫力がムクムク、体重はモリモリとよみがえってくるのも、これまた実に不思議です。
 改めて、食べること、食べられることの大切さを実感し、感謝とともに仕事に復帰しました。

患者からの情報を喜んでくれた主治医

 7月24日、第3回目の点滴。いつものように先に採血をして30分ほど待っていると名前が呼ばれ、診察室へ。問診で問われるままに点滴後の生活や仕事の状況を正直に報告。主治医からは、出張で外出が続く日々の生活上の注意が繰り返され「ともかく十分過ぎるくらいに気をつけてくださいネ」と厳しく念を押されました。
 採血結果の説明で、「白血球が2900に下がってはいるけれど誤差範囲。予定通り点滴しましょう」と診察が打ち切られそうなったところで、あわてて「あの〜、しゃっくりのことなんですが」と切り込みました。そして、知り合いの血液内科医から柿のへたを煎じた薬がしゃっくり止めに効くという情報を得た話をして、ぜひとも処方してほしいと頼みました。
 主治医はびっくりして「えっ、なに、それっ! 柿のへたを煎じた薬??」とまったくご存じない様子。「そんな話は聞いたこともないけど、ちょっと薬局に確かめてみよう」と胸のポケットからPHSを取り出して、目の前で薬剤部に連絡を取ってくれました。どうやら薬剤部からの返事は、「それがどうした、もちろん出せるゾ」と胸を張った回答だったようです。あれこれやり取りしながらパソコンで検索して、さかんに「へぇ、へぇ」と無邪気なほどに驚く様子がなんとも可愛らしい(失礼!)。自然科学者と呼ばれる人たちは、新しい情報や発見にこんなにも喜びを感じるのかと、なんだか私まで嬉しくなってしまいました。
 主治医はPHSを胸に収めながら、「少し時間がかかるらしいけど、時間は大丈夫?」。そうして、なおも「へぇ、柿のへたとはねえ。まったく、知らなかったな〜」を何度も繰り返しておられました。専門家といわれるドクターが、患者の前で「知らない」ことを堂々と「知らない」とは、なかなか言えないものだ——ということを聞いたことがあります。心のどこかで、患者の私から「柿のへたを煎じた薬を処方してほしい」と言い出すことで、主治医の気分を害するのではないかと案じてもいました。それだけに、なんのてらいもなく正直な気持ちを自然に表してくれる主治医に、大げさではなく『この人に出会えてよかった』と気持ちの和む思いがしました。そして、「これからしゃっくりの副作用に苦しむ患者さんに、こんな方法もあるという情報提供をしてあげてくださいネ」とお願いすることもできました。

薬剤師に“がっかり”

 それにしても、それにしても、です。薬剤師さんは、患者にとって何が期待できる人たちなんでしょうか!
 点滴の日に出される吐き気止めなどの処方箋は、院内調剤にまわされているのです。処方内容を確認するだけで、患者の置かれる状況はそれなりに想像も理解もできるはず。それなのに、どうして窓口で薬を手渡す最初の日に、「副作用でお困りのことがあったら何でもおっしゃってください」といった“ひとこと”が添えられないのでしょうか?
 もちろん処方箋通り、間違いなく調剤した薬を患者に手渡すことは第一義。しかし、それだけが薬剤師の仕事ではないと思います。薬の専門家である以上、当然に抗がん剤の副作用で患者がしゃっくりに苦しむことくらい、とうにご存知のはず。だったら……、だったら……。
 まるでお小水のような色合いの生温かい大きなボトルを手渡す、そのときも無表情なまま。そんな薬剤師さんにがっかりし、小さな憤りすら感じて帰路につきました。
 そうして手に入れた、しゃっくり止めの煎じ薬は1日3回、30ミリの服用。副作用のしゃっくりに苦しむ数日間だけの服用でいいのです。ところが、ところが、これがなんともスゴ〜イ薬だったのです。昔から「良薬口ににがし」という言葉は聞いていました。しかも漢方薬ですから、きっと飲みにくいだろうなぁということは想像の範囲でもあったのです。しかし、それにしても、これほどにがくてまず〜い薬は、今の今まで一度も飲んだためしがありません。ところが効能の凄さも、これまた天下一品! おかげで、あんなにしつこかったしゃっくりに、まったく苦しまずにすんだことに、この上なく感謝するばかりでした。