辻本好子のうちでのこづち

No.060

(会報誌 2000年1月15日号 No.113 掲載)

情報開示の“苦情窓口”を形骸化させないために

 『情報開示』と『コミュニケーション』の時代の幕開けを象徴する新たな取り組みが、2000年1月1日からスタートしています。日本医師会が、全国都道府県医師会ごとに「診療情報の提供に関する苦情処理機関」として相談窓口を設置。主治医に自分の診療情報の開示を申し入れて、拒まれたときの苦情を受け付ける窓口です。
 聞くところによれば、医師会内部にかなり強い批判があって、喧々ごうごうの議論の末に一部の理事の強硬突破だったとか。最後の最後まで法制化に反対したことへの世論の批判のほこ先をかわす代替案だったのかもしれません。とかく同業者のかばい合い組織といわれる医師会にとって、かなり画期的な決断だったようです。患者としておおいに評価したうえで、決して形骸化させないよう十分にこの機能を活用したいと思います。

都道府県医師会の足並みには微妙なズレが

 新たな取り組みがスタートする直前の12月下旬。東京都や大阪府をはじめ、いくつかの地区医師会に電話をして窓口設置準備の進捗状況を問い合わせてみました。ところがそれぞれの担当者の回答に微妙なズレや、明らかな違いが浮上。なかには「じつは昨日、30分ほどの講習を受けてきたばかりでして……」という声もあったりで、意気揚々の日本医師会の意気込みとはかなりの温度差を感じざるを得ませんでした。
 とはいえ概ね、市民からの申請をまずは文書か電話で受け付け、開示されなかった理由や状況を医師会事務局が事情聴取。規則に則った内容であるかどうか(たとえば患者本人であるか、患児の場合は近親者であるかなど)を確認したうえで、つぎに弁護士や一般市民ら5人で構成される委員会(東京都はすでに12月1日付で委嘱済)が開示されなかった内容を細かく検討。その結果を当事者に報告する、といった手順が決まっているようです。
 残念ながら電話での問い合わせでは「委員会メンバーの顔ぶれは教えられない」「文書で提出してください」といわれました。当然ながら都道府県単位の医師会が把握する情報であるだけに、ぜひとも年明け早々に「質問状」を送付してメンバー構成の情報開示を求めたいと思っています。
 つづいて「もし規則に則っているのに開示を拒否されたらどうなるか?」と尋ねたら、「委員会がサジェスチョン(※)をすることになっている」という答えが返ってきました。電話対応の職員の言葉の端々からは、医師会会員にかなり気を使っているといった妙な遠慮の意識があるようで、とりあえずの印象としては“強制力はあってない”ような歯切れの悪さを感じました。

患者も“知る”リスクを引き受けて

 ところで「診療情報の共有は困難」「開示できない」と拒否する理由の一つにまたぞろ浮上してくるのが、いわゆるがん告知問題です。つまり真実の病名を知らない患者にすべての診療情報を開示すると「患者が混乱して気の毒」という“温情”です。たしか2年前、レセプト開示の際の拒否理由にも同様の問題が取りざたされていました。
 あれから2年、少なくとも医療情報の開示問題はその後、大きな社会的議論としての高まりを見せてきたはずです。きっと患者や家族も「真実を知る」ことについて、以前よりは一人ひとりが自分自身の問題として真剣に考えたと私は思いたいのです。それだけに、いまさら「患者のため」といわれて、ハイそうですか」と“温情”に甘えて引き下がっていい問題と思いたくはありません。
 医療現場のパターナリズム(父権性温情主義)にピリオドを打つのも、ほんとうのインフォームド・コンセントを築くのも、半分の責任は患者の意識だと思います。自分の医療情報をほんとうに知りたいと願う以上、医療の限界や不確実性というマイナス面やリスクを引き受ける覚悟が必要です。折角の医師会の“大英断”を絵に描いた餅に終わらせないためにも、ぜひこれを機会に堂々めぐりのこの問題に私たち手で終止符を打ちましょう。 COMLも1月からの電話相談で、相談者一人ひとりに「相談窓口」を形骸化させないための積極的な支援を働きかけて行くつもりです。

※サジェスチョン: suggestion 示唆、暗示、ほのめかし