辻本好子のうちでのこづち

No.059

(会報誌 1999年12月15日号 No.112 掲載)

“情報開示”と“コミュニケーション”

“情報”をきっかけに話が弾んで

 たまたま乗り合わせたタクシーで、「情報開示」と「コミュニケーション」の大切さを再認識したささやかな体験です。
 講演のあとはいつも放心状態。その日も行先を告げたきり無言でいたら、狭い車内に妙な緊張感が漂いました。運転手のおしゃべり攻撃に遭うのが嫌で、無意識に声のかけにくい雰囲気で身を守っていました。「ラジオ、つけましょうか?」「ありがとうございます。でも結構です」。せっかくの配慮も断ったりして、申しわけない気持ちで一杯でした。そのうちふっと助手席のヘッドカバーの裏面に目が止まりました。最近ここに運転手の顔写真や趣味がメッセージされているのをよく目にしますが、趣味だけでなく運転手の入社年月日と血液型、そして「うまいもの情報」として複数のお勧めの店が紹介されていたのです。なにげなく目で追っていくうちに、ふっと行き先のホテルの近くに「安くておいしいお店はないか?」と尋ねてみたくなり、情報がきっかけで運転手さんとのやりとりが始まりました。
 運転手さんによれば、“情報開示”をするようになってからお客さんと会話がはずむようになった。入社年月日を見て「前の仕事は?」と聞かれたり、本人のリストラ体験談や不況下の苦労話に発展したり、血液型から人間関係の難しさに話が広がるなど。利害関係のない第三者に愚痴を吐き出す客が増え、“走るカウンセリングルーム”になっているようでした。私の質問にも三軒の選択肢をあげ、それぞれのお勧めポイントを説明してくれました。結局、運転手さんがときどき昼飯を食べるという「旨い家庭料理の店」が魚好きの私のニーズとピッタリ。そんなこんなで見知らぬ土地の安くてうまい店で、運転手さんとの出会いを話のネタに気さくな女将とおしゃべりという、じつに楽しい夕食にありつくことができました。

新しい時代は逆転の発想で

 来年はついに2000年、新たな時代の到来です。年開け早々には第4次医療改革の議論が始まり、医療の制度や仕組みがさらに厳しくなるでしょう。その一方で患者の権利やコスト意識の向上は目を見張る勢い。しかも高齢化という社会構造の変化で価値観は多様化し、医療ニーズの世代間格差も広がっています。また医療不信感は根深くなるばかりで、伝統的な信頼関係はもはや崩壊寸前。にもかかわらず患者の医療に対する依存や期待感は一向に衰える様子もありません。医療の現実と患者の思いがこんなに大きくズレたまま、いったいこの先どうなって行くのでしょうか。まだまだCOMLの役割は当分、終わりそうにもありません。
 COMLのテーマであるインフォームド・コンセントやセカンド・オピニオンも患者を安心し納得させるものになる気配もなく、患者と医療者の意識改革も遅々として進みません。もちろん背景には医療現場の忙しさや経済的な問題、さらには患者の理解力という問題もあるでしょう。しかし、10年たってもこれだけ変わらないのですから、いっそ視点を切り替えてみるしかありません。つまり医療者が一方的に「知らせる」ことから、患者が「知りたいことに対応する」逆転の発想です。
 もちろんタクシーのサービスと一緒にはできませんが、患者が「情報開示」と「コミュニケーション」に主体的に参加するためには、故中川米造さんの遺言「患者が医療の主人公」「医療はほどほどのものと思え」を今一度肝に銘じて、来年もさらに「賢い患者」を目指して前進しましょう。