辻本好子のうちでのこづち

No.045

(会報誌 1998年9月15日号 No.97 掲載)

医療の周辺にうごめくもの

 またまた医療不祥事が発覚。HIV問題が社会の怒りを買い、医療の権威性を失墜させた直後というのに。製薬会社への新薬開発をめぐる情報提供で、1億円余の収賄容疑で名大元教授が逮捕。ああ、これでまた、患者の医療不信感はさらに深まるばかりです。医学・医療の研究開発に莫大な資金が必要で、それが国家予算で十分にまかなえないとなれば……の悪循環。いったいどうあればいいのか、私たちにはかいもく見当もつきません。

テーマは“患者中心の医療”だけれど

 以前、大手製薬メーカー30数社が組織する日本RAD-AR協議会(患者に手渡す「くすりのしおり」などを作成)のシンポジウムに参加したことをご報告しました。その後は企業との直接の関わりはなかったのですが、先日、医療経営者や医療人、そして、医療に関わるメーカー(じつに多彩な!)が一堂に会するセミナーにパネリストとして参加。改めて医療周辺にさまざまな利益集団がうごめいていることと、医療が決してキレイゴトで語れる世界ではないことを痛感しました。
 セミナーのタイトルは、『医療におけるリスク管理と方策−患者さんの立場をふまえて』。主催・共催は医療コンサルタント会社と大手の損保で、「これまでに類を見ない画期的な試み」とのこと。何か画期的かというと、どうやら患者の立場と弁護士がパネリストとして並んだこと。ほかのパネラーは、セミナーの常連でもある医療管理学(という学問があるんです)の権威であったり大病院の経営者、そこに企業人が加わっての計8名。
 たしかに、議論の中心は“患者のための医療”。患者とのトラブルを起こさないようにするにはどうしたらいいか、起きてしまったらどうすべきかの話し合いでした。想定されるトラブルというのは、もちろん診療上のミスにはじまり、ベッドからの転落事故や院内感染など。いわゆる医療の周辺で起きると考えられるすべての医療事故について、学術的見地と病院経営の立場からの発言がなされました。私の役割は「患者にとって何かリスク(危険)で、それを防ぐために医療者にどうあってほしいのか?」についてを語ること。
 発言時間はわずか30分。そこでまず電話相談に届く「患者が日常的にトラブルと感ずる」具体例をかいつまんで紹介し、さらに、最近は医療費に関する不信感が増加していることを報告。そして、トラブルの回避のためには、なにより患者が疑問や不安を抱いた早い時点での誠意ある対応。つまり患者の「安心と納得」につながる病院側の対応システムの設置の必要性を訴えました。

参加者の目的は“別のところ”に

 そのあとの企業側の二人のパネラー発言と、さらにつづいたパネルディスカッションで参加者から出された質問を聞くに至って、ようやく私は参加者の興味と関心が“患者のため”にあるのではないことを強く感じさせられました。企業側の話というのは、副作用や医療機器の不具合が起きたときの手続きの方法や損害保険金の支払いについての企業戦略。医療機器メーカーの開発事業や商品管理など医療現場に商品を売り込むことを仕事とする多くの参加者にとっては、じつは“そのこと”が今回のセミナーに参加した目的だったのです。
 参加者一人ひとりは、自分もいつかは患者になるということなどつゆほども感じている気配はなく、いわゆる企業論理ばかりがうずまいていました。業績を上げるためには、患者の情緒の問題などに付き合っちゃいられないという“現実”と“限界”が繰り広げられ、私は限りなく身の置きどころのない違和感を感じました。